───4月17日・・・雨。

彼女は白い百合の花束を墓前に手向けて・・・ただずっと佇んでいた。
その頼りない姿にオレは何度この場を飛び出そうかと思っただろう。
でも・・・オレでは彼女に何もしてやれない。
彼女の・・・ミリアリアの心を占めるのは昔も今も、ただひとりの男なのだから。








I am The Editor Part.3




その出版社は海沿いにあった。

ここ、オーブ連合首長国は幾つもの島から成る亜熱帯の小国家だが、経済力も軍事力もこれがどうしてなかなかの水準。
オレ自身は遥か北の軍事大国プラントの生まれなのだが、ここ、オーブで作家として認められたこともあって、先年遂にこの国の居住権を得たのだ。
滅多に来ない出版社だが、オレの書いたものは全てここの出版社が本にしてくれた。名前は『アークエンジェル出版社』という。奇遇だが、最近ヘリオポリス臨海都市にオープンして話題になっている『アークエンジェル』というホテルと同名である。ほら、ミリアリアを誘った例のホテルだ。
まあ、そんな話はさておき、目的の編集部まで歩みを進め、大きく深呼吸をしてからオレはドアをノックした。
「はい〜どうぞ〜」という間抜けな声に導かれるままドアを開けると、中に居たのは女の子がひとりと野郎が2匹。




「うぃ〜っす!近くまで来たんで・・・ほい、これ差し入れ!」

オレはそう言ってケーキの入った大きな箱を近くに居た女の子に手渡した。

「えー!これ食べていいんですかぁ?」

やっぱり女の子だねぇ。ケーキ箱ひとつでこんなに機嫌がいい。それに比べて男どもは味気ない。特に目の前の野郎は正直苦手。

「珍しいんじゃないのディアッカ。めんどくさがり屋の君が編集部にくるなんてさ?」

「そうそう。いつもこうならミリィ苦労して君の処まで原稿取りに行く必要もないよね」

「それとこれとは話が別だろ?たまたまこっちに用があったから来ただけだっつーの!・・・ところで今日はあいつ居ないの?」

「あいつって・・・?」

ニヤニヤ笑いながら話を振ってくる・・・このメガネの奴はサイ・アーガイルという名前。腕利きの副編集長だっつーんだが正直オレは疑っている。

「ああ?あいつっていったらあいつでしょ?おせっかいな世話焼き女!」

「やだなぁ。君の面倒をみてくれている女神さまみたいなミリィのこと・・・そんな風に言っちゃダメだよ・・・」

おとなしそうな印象だが、口を開けば嫌味と毒舌のマシンガンを放つおっかねぇこの坊やはキラ・ヤマトという名前。

「ああもう!お前らには関係ないだろ?あいつはオレの担当だもん、それにあいつの給料の出所はオレだよ?オ・レ!」

そう言いながら近くの椅子に腰を下ろすと先程の女の子が「どうぞ♪」とお茶を淹れてくれた。

「うわぁ・・・ディアッカ!それはすごい問題発言!ミリィが聞いたら怒るよきっと。それに今日は4月17でしょう?ミリィから何も聞いてないの?」

「・・・4月17日?何よそれ。オレに関係ある話?」

「・・・・・・」

サイとキラは無言で顔を合わせ、少し考えて込んでいたが、

「んー・・・やっぱり言っておいた方がいいか・・・」

などと互いに呟きながら、オレの前に向き直った。そして。

「今日は・・・4月17日はミリィの旦那さんの命日なんだよ。だから彼女、今日はお休み」




「・・・・・・!」

予想もしなかった答えが返ってきて思わず立ち上がった瞬間、オレはテーブルに足を酷くぶつけていた。

「・・・痛ってぇ・・・(いや、それよりも)え?ダンナ・・・?」



気にはなっていた。

4月17日に食事でもどう?なんて誘いをかけたら、ミリアリアは俯いて黙りこくってしまったから。
どうしても外せない用事があるので・・・ごめんなさい・・・なんて言ったりもして。でもダンナの命日って・・・いったいどういうことなんだ?

「ミリィのことが気になるの・・・?」

オレは余程間抜けな面を晒していたと見えて、キラがそう問いかけてきた。

「ああ・・・いや、あいつにダンナがいたなんて思わなかったよ。だってそうだろ?あいつはもうここ5〜6年ずっとオレのとこばっか来ていたんだぜ?いくらオレの担当だからって・・・既婚の女が独身の男の部屋に行くのはやっぱり世間体が悪いでしょ?常識的に考えれば、本来オレの担当は男か、じゃなければもっと年配の女の方が妥当じゃないの」

「うん、それはそうなんだけれどね・・・でも何て言ったらいいのかな、ミリィの旦那さんが亡くなったのって君の担当になる直前だったんだよ。ミリィはもうそれこそ後追い自殺でもしそうなくらい憔悴しきっていてさ・・・そんな時に君のデビュー話が持ち上がって、新人を担当させれば少しは気も紛れるんじゃないかってことでさ?君につけたんだよね、ミリィ」

「・・・ふうん・・・」

「それに・・・ディアッカって自分では気づいていないのかもしれないけれど、どんなに悪態ついていても育ちの良さが滲み出てるから大丈夫かなって・・・そういうのも裏にあったよ。ねぇ?サイもそう思ったでしょう?」

「ああ、その点については俺もキラと同意見だね」

「育ちが良さそうって・・・それだけでオレを信用したのかよ・・・」

正直呆れた。こいつらミリアリアからオレのことは聞いてないのか?長続きしなかったとはいえ、連れ込んだ女は2桁に上るんだぜ?オレは。

「現に手を出してないでしょう?ミリィを見てればそれくらい判るよ」

クスクスと笑いながらキラはオレの顔色を窺う。こいつのペースになんぞ乗せられるもんかよっ!ったくタチの悪さは天下一品。

「ところでディアッカ。君、ミリィに何か用事があったんじゃない?」

メガネを拭きながらサイがぽつりとオレに訊ねた。

「あ、いや別にいいよ。用事ってほどのもんじゃないさ」

本当は用事があったのだけれど・・・こう答えるしか術が無い。


「そう・・・」

サイはメガネをかけながらポソっと、本当に独り言のように呟く。

「多分この時刻ならまだオノゴロの公園墓地にいるな・・・区画はD−31・・・展望台のすぐ傍だ」

「何だよ・・・別に用事は無いって・・・」

「・・・君に教えた訳じゃないよ。ただミリィはまだそこに居るだろうってことさ」

「・・・・・・」

オレはサイを凝視したが、すぐに背を向けて編集部を後にした。






**********






───雨は益々強くなる。

目的の場所はすぐに解かったし、こんな天気じゃ公園墓地は人影も疎ら。

いくら亜熱帯のオーブとて雨に打たれりゃ身体は冷える。
幸い黒っぽいジャケットを着込んできたし、傘を広げれば姿形も隠してくれる。

彼女は白い百合の花束を墓前に手向けて・・・ただずっと佇んでいた。
夕刻6時をまわったというのに未だ墓前から離れようとしない。
彼女はいったい何時からここに居るのだろう。オレがこの場所に来てから既に3時間近く経っているのだ。
その頼りない後姿にオレは何度この場を飛び出そうとしたことか・・・。
でも・・・オレに何が出来る?
雨に打たれながら・・・『何やってるんだよ・・・おまえ』なんてカッコつけたってどうにもならないし、タバコを燻らせながら微笑んだって・・・今日は雨だぜ?。だったら・・・そのか細い肩を抱いて『もう・・・帰ろうぜ・・・』とか何とか言ってホテルに連れ込むのも・・・ってこれはオレが書いた恋愛小説のネタじゃねぇか!
ひとりバタついていると、ようやく彼女は顔を上げて歩き出した。
辺りはもう真っ暗だ。彼女を見失わないように距離をおいてその後を追う。こんな人気の無い所に彼女を置き去りにするなんて・・・とてもじゃないがオレには出来ない。
公園墓地を抜けて海岸線を歩く。そこで彼女は空タクシーを止めた。
短い交渉の後、タクシーは彼女を乗せて何処かへと走り去ってゆく。

彼女が立ち去った後、オレはもう一度公園墓地へと足を向けた。
展望台から漏れる灯りが、ほんのりと墓所を浮かび上がらせてくれる。
つい先ごろまで彼女が立ち尽くしていた墓碑の前。雨に煙る百合の香気がとても強くて思わずタバコに火を点けた。
暗闇の中、かろうじて読める墓碑銘は・・・。

『トール・ケーニヒ ここに眠る。CE71年4月17日 マーシャル諸島の空にて事故死。享年二十歳』

マーシャル諸島・・・?CE71年といえば6年前、しかもオレがデビューした年のことだ。
オレは記憶を辿ってゆく。4月17日・・・マーシャル諸島・・・海・・・。

(あ・・・!)

大きな事故があったように思う。確か飛行機事故だ。
オーブに向かっていた旅客機がマーシャル諸島沖に墜落し、乗員乗客全員が死亡したというニュースは当時トップニュースで取り上げられていた筈だ。
墓碑銘を見つめながらオレは暫しタバコの煙を燻らせる。

トール・ケーニヒ。この名前に突如湧く疑問。

こいつが彼女の夫だというのならば、彼女の本名はミリアリア・ケーニヒというのが正しいのではなかろうか。
だが、オレが彼女に会った時にはもう彼女は自らをミリアリア・ハウと名乗っていた。これには何か理由でもあるのだろうか。

傘に当たる雨音が強くなった。ふと顔をあげるとそこからヘリオポリス臨海都市が一望できることに気づいてオレは苦笑する。

「ホテル・アークエンジェルは・・・あそこか・・・」

彼女を誘って食事をして・・・そしてその後は・・・。

・・・こっそりと部屋を取っておいた。オレの書くラブロマンスのような筋書きを立てて今夜こそは『帰さない』と・・・そっと耳元で囁いて。でも・・・所詮は机上の空論、夢物語ならぬ夢小説だ。

突如携帯電話が鳴った。いや、鳴ったというより振動がした。ずっとマナーモードのままになっていたことをオレはすっかり忘れていたのだ。
誰からだろう・・・ポケットから取り出して発信者の名前を確認する。だが誰の名前も通知されない。訝しげに音声モードに切り替えた途端、『スケジュール設定です。4月17日、午後7時よりホテル・アークエンジェルにてミリアリア嬢と食事』という無機質なガイダンスが流れ出した。

無言でガイダンスを切り、オレは暫し携帯のディスプレイをじっと見つめた。フィルムが貼られているそれは一瞬鏡の様にオレの顔を映し出してフッと消える。
ボタンを操作して発信音に切り替える。

───PUPUPU・・・PU−・PUー・・・・。

10度目のコールで出た相手は・・・。



『はい。ハウです。ただ今電話に出ることができません留守番サービスに繋ぎますので発信音の後にメッセージをどうぞ───』



───PI−。

『は〜い♪ディアッカ君で〜す!ミリアリアさ〜んまだ用事終わらないのぉ〜?やっぱ一緒にご飯食べよー!3つ星だよぉ3ツ星!こんなチャンスめったに無いよぉ〜!っという訳でご連絡お待ちしていまぁ〜す♪』


雨音は更に強くなって傘を叩く。

くるはずの無い電話と・・・来るはずの無いひとを想いながらこうして夜が過ぎて往くのだ・・・。










燻らせたタバコの煙が目に沁みた───。














        (2007.4.26) 空

    ※  うたぎさん。大変お待たせしました・・・(気がつけばもう8ヶ月も経っていました・・・ごめんなさいっ)
        ようやく重い腰を上げた管理人からPart.3をお届けします。
        イメージとしては稲垣潤一(大滝詠一)の「バチェラー・ガール」ですね(古いよー)
        『雨は壊れたピアノさぁー♪・・・』ということで・・・。


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