地球連合軍の本拠である『JOSH−A』から拉致され、敵軍の『ZAFT』にその身柄を拘束されていた『ミリアリア・ハウ』という少女が後に一体どのような経緯からその身を解放されたのか、知り得る者は誰もいない。
何故なら、彼女が捕虜として拘束されていた戦艦ヴェサリウスはコロニー・メンデルでの戦闘を最後に轟沈し、乗組員が救助されたという話を全く聞かなかったからだ。
ディアッカ・エルスマンはMSバスターで戦闘に加わっていた為ヴェサリウス轟沈の犠牲者にはならなかった。
最終チェックを済ませ、出撃する直前、格納庫で待機していたディアッカはそこでミリアリアの姿を目撃している。
その時のミリアリアは、パイロットスーツを着用させられており、隅にひっそりと座っていた。
(なんであんな格好をしているんだ・・・?)
ミリアリアは非戦闘員である。本来こんな格納庫になど居るはずの無い人間だ。ましてや彼女は捕虜なのだから。
高層のキャットウォークからディアッカが訝しげにミリアリアを見下ろしていると、視線を感じたのか不意にミリアリアが顔を上げた。
時間にしてほんの数秒であっただろうが、ふたりは互いに見つめ合い、そしてどちらともなくその目を逸らした。
「ディアッカ・エルスマン。直ちに発進準備をして下さい!」
(おっと・・・!)
艦内アナウンスに導かれるままディアッカはその場を後にした。
後日ディアッカはこの時の自分をどれ程呪ったことだろう。
これが永遠の別れだった・・・。
アスタロト(3)
混乱していた。
コロニー・メンデルの死角からAAやエターナル、オーブの艦艇の動向を注視していたZAFT軍は、地球軍が新たに投入してきた新型のMSとAAと艦影を等しくする新造戦艦の姿を捉えていた。
「さてと・・・どうしたものかな・・・」
腕組みをしながらクルーゼは独り言のように呟く。
自分達以外にもAAらを敵とみなす存在があり、既に戦闘に突入していることはまったくの想定外であった。
「ふ・・・ん。状況がわからぬようでは手の打ちようがない」
クルーゼはモニターを見ながら暫く考え込んでいたが、やがてディアッカとイザークに自分と同行する旨の指示を出した。
「私とイザーク、ディアッカでコロニー内部に侵入してみよう。まずは情報を収集してみないことには動けるものも動けなくなってしまう」
「隊長自ら行かれるとおっしゃいますか?」
艦長のアデスが驚きの目をクルーゼに向けた。
だがクルーゼは全く意に介さぬように言葉を続けた。
「ヴェサリウスは無論、ヘルダーリン、ホイジンガーにも通達する。いいか、ここを動くなよ」
それだけを手短に伝えると、クルーゼはゲイツへと搭乗し、ディアッカ、イザークも共にそれに倣った。
******
「メタポリマー・ストリング」はくもの糸のように細いワイヤーである。
コロニー・メンデルを建設する際に使用されたものなのだろうが、廃墟と化したL4宙域にはこういった残骸物が多く漂いひとつのデブリ帯を作っている。
メンデルのポートではオーブ艦艇クサナギがこのワイヤーにひっかかり、身動きできない状態にあった。
MAパイロット改めMSストライクのパイロットとなっていたムウ・ラ・フラガはクサナギを守りながら戦っていたのだが、突如「あの感覚」に襲われ宙を仰ぎ見た。
(クルーゼが近くにいる・・・)
どうしてクルーゼがこの宙域にいるのか解からなかったがこのままではメンデルの前方部で攻撃を仕掛ける地球軍と後方部のクルーゼ隊から挟み撃ちにされてしまう。
フリーダムとジャスティスは地球軍が投入してきた新型MS3機の相手で手一杯である。
ならばクルーゼには自らが対峙しなければならない。フラガはストライクの踵を翻すとクルーゼがいると思われる場所に向う。
一方のクルーゼもまたフラガの気配を感じていた。
「ディアッカ!イザーク!敵が来るぞっ!」
その言葉も終わらぬうちにクルーゼのゲイツはフラガのストライクと戦闘状態に突入していた。
フラガはナチュラルのはずだが空間認識力が並外れて高い。驚くべき早さで展開されている戦いを前にディアッカとイザークはクルーゼへの援護射撃に躊躇していた。照準をストライクに合わせるも、すぐに逸れてしまうのである。
下手に撃とうものなら流れ弾となってクルーゼのゲイツに当たってしまう恐れがあった。
「くそっ!」
端正な顔からは想像も出来ないイザークの罵りをディアッカは頭の隅で捉えていたが、それよりも更に驚くべき事態に彼は直面していた。
(”ストライク”がどうしてこんなところに・・・)
『ストライク』───かの機体はかつての僚友アスラン・ザラによって破壊されたはずであった。
高度な操縦技術を必要とするピーキーなMSであることはディアッカが搭乗しているバスターやイザークのデュエルと同じはずで、とてもナチュラルに扱える機体ではないことくらいディアッカにも解かっている。
(どういうことだ・・・ストライクのパイロットは生きていたということなのか・・・?)
この時のディアッカはまだフラガの存在を知らない。であるから当然ストライクのパイロットは変わっていないものだと思い込んだ。
ストライクに乗っている人間・・・それは・・・。
(あいつの仲間が生きていたのかっ!)
そう思った瞬間ディアッカはストライクに向かって無謀ともいえる砲撃を開始し、執拗にその機影を追っていた。
「ディアッカ!貴様何やっているんだっ!下手に撃ったら隊長に当たるぞっ!」
ヒステリックなイザークの声が通信機から聞こえるがディアッカはその静止を振り切ってなおストライクに砲撃を加える。
ストライクがこうして健在ということは報告どおり足つきも生き延びたと考えるのが正しい。
ディアッカの脳裏にミリアリアの姿が浮かび上がる。仲間は皆死んだと思っている失意の少女がこの事実を知ったら・・・。
もはやディアッカに冷静な判断力などは微塵も残されていなかった。
(この場で撃ち落してやるっ!)
猛攻と言えるほどの攻撃を受けながらもストライクは寸での所でかわしていた。
それを見ていたクルーゼから笑みが漏れる。
(そうだディアッカ・・・貴様に理性なんか必要ない。もっともっと打ちまくってストライクと相打ちにでもなれば勲章の一つもやろうじゃないか・・・!)
その隙にクルーゼはストライクを蹴飛ばした。こんな所でまだ死ぬわけにはいかない。自分が死ぬ時はこの世から全ての人類が消え去った時だ。
ストライクは残り少なくなったランチャーパックを外し、腰からアーマーシュナイダーを取り出してゲイツに立ち向かったが、反対にゲイツの放ったワイヤーアンカーにコクピットを襲われフラガは腹に深手を負った。
(私の勝ちだ・・・ムウ・ラ・フラガ・・・!)
だが、ストライクに止めを刺そうと構えた瞬間、高速で接近する機影にクルーゼのゲイツは一瞬で大破されてしまった。
「大丈夫ですか・・・ムウさんっ!」
乗機を破壊され、地に落ちるクルーゼが見たものは何者かに奪取されたZAFTの新造MSの姿であった。
(これは・・・フリーダムかっ・・・!)
こんな時になんと間の悪い!クルーゼは舌打ちをすると、ハッチを開き、すぐ近くにある建造物へと駆け込んだ。
「こいつ・・・!」
イザークとディアッカは二機でフリーダムに襲い掛かるが、自軍ZAFTの最新鋭の機体に、そして自分自身はまったく感知しえぬことではあったが、最高峰のコーディネイターであるキラの前では力の差が歴然だった。
フリーダムはバスターとデュエルの回路を切断して攻撃を封じ込めたもののとどめは刺さずにハッチを開けクルーゼやフラガの後を追う。
ディアッカとイザークも後を追うつもりでハッチを開けようとしたが複数のMSの出現によりそれを阻まれてしまう。
武器を封じられ、中破した機体では戦闘は無理だ。それにあのクルーゼが地球軍にやられるなど考えられない。
コロニー前方部での戦闘結果も気になるところだ。フリーダムがこちらに来たということは地球軍は一時撤退したものと考えるのが妥当だろうが再び地球軍が来襲し、戦闘も再開される危険性は充分考慮する必要がある。武器を使用できないディアッカ達がこの場に留まっているのは敵の標的にされ、ただ撃破されるのを待つばかりではないか。
こうした理由からディアッカとイザークは撤退を余儀なくされてしまっていた。
───ドミニオン来ます!距離50!グリーン!ブラボー!
コロニー・メンデルの前方部では再び激闘が繰り広げられていた。
そんな中、コロニーの後方部で待機するZAFTの3戦艦はクルーゼの指示に従い下手に動くことも出来ずにその場で待機していた。
(遅い・・・)
ヴェサリウスのブリッジでは艦長のアデスがクルーゼらの帰還を待ち侘びていたのだが、ようやく中破されたゲイツやバスター、デュエルがその姿を現すと安堵の表情を周囲に見せる。頭部と両足を失ったゲイツはクルーゼの帰りを待って待機していたデュエルとバスターに抱えられての帰還である。
しかし、ディアッカとイザークがクルーゼの元に駆けつけるも既にコクピットはもぬけの殻で、クルーゼの姿は見当たらない。
ふたりは顔を見合わせ当惑していた。帰還途中に聞いたクルーゼの声はあまりにも苦しげで、どこか負傷しているのではないかと思ったからだ。
(どういうことなんだ・・・?)
ディアッカやイザークのあずかり知らぬところで一体何事が進行しているというのであろうか・・・。
**********
その頃クルーゼはヴェサリウスの私室で自分の机の引き出しをかき回していた。
やがて常用しているピルケースを掴むと大量のカプセルを口内に放り込み、序々にではあるがその呼吸を整える。
「アデス!」
不意にクルーゼからインカムで声をかけられたアデスは返答をするもその言葉をクルーゼに遮られる格好になった。
「ヴェサリウスを発進させろっ!ホイジンガー、ヘルダーリンにも打電!MS部隊は出撃準備に取り掛かれっ!」
「しかし・・・隊長!」
「このまま見物しているわけにもいかんだろうっ!あの機体を・・・フリーダムやジャスティスを地球連合軍に渡すわけにはいかないんだっ」
(隊長・・・)
「私も出るっ!シグーを用意させろ!すぐに上がる!」
クルーゼはそれだけを伝えると通信を切った。
急いで格納庫に向かい、ミリアリアの前に立つ。
(あ・・)
突然のクルーゼの来訪に戸惑いを見せながらも、ミリアリアは静かに立ち上がった。
「さて・・・これを君にあげよう・・・」
唇に薄笑いを浮かべながらクルーゼはミリアリアの耳元でそっと囁く。
「私も疲れた・・・だからこれを届けておくれ、これこそが戦争を終わらせる鍵となるのだから・・・」
「鍵・・・?」
ミリアリアはそう言われてクルーゼが差し出すディスクを手にした。
「それが地球軍の手に渡れば戦争は終わる・・・」
ミリアリアは黙ってクルーゼの顔を見つめると、覚悟を決めたかのようにゆっくりと頷き手にしたディスク視線を落とす・・・。
**********
───私が出たらポッドを射出しろ・・・」
そう言い残し、クルーゼはシグーを発進させた。
これより先にディアッカとイザークは攻撃を封じられていた回路の処置と補給を済ませ、再び戦場へと赴いている。
ディアッカがミリアリアを見かけたのはクルーゼが格納庫に向かっている最中の僅かな時間帯であった。
MSが全て出撃した後のガランとした格納庫でミリアリアは強制的に脱出用ポッドに押し込まれていた。
やがてクルーゼの指示どおり、ミリアリアを乗せた脱出用ポッドが射出される。
ミリアリアはクルーゼから渡されたディスクを握り締めてモニターに映し出される戦闘の様子を無言のまま見つめていたのであるが、やがてある艦影を捉え、その姿に釘付けとなった。
「アークエンジェル・・・・・・!」
懐かしい艦影がそこにあった。
この時、戦況は更に大きな変化を迎えていた。
コロニー・メンデルの前方部より攻撃を仕掛けてきた地球軍から逃れるためにエターナルのラクス・クラインが各艦に大胆な策を呈する。
全ての火線を後方から攻撃してくるヴェサリウスに集中させ、その隙を突いて中央突破を図ろうというのである。
前門の狼、後門の虎。このままでは活路を見出せず、自滅するのを待つしかない。
一方ドミニオンの艦橋からはヴェサリウスから脱出用ポッドが射出される様子が既に確認されていた。
戦闘に突入する直前、ヴェサリウスから『本艦に拘留中の捕虜を返還したい』という通達がなされていたからだ。
「どういうことなんですかねぇ・・・」
オブザーバーとしてドミニオンに乗り込んでいるブルー・コスモス最大の擁護者ムルタ・アズラエルが怪訝そうな顔を見せた。
と、そこへ不意に脱出用ポッドから通信が入る。国際救難チャンネルを介しての通信であった。
「アークエンジェル!私です!ミリアリア!ミリアリア・ハウです!」
ミリアリアはAAの姿を確認するや否や持ち前のCICとしての能力を生かしあらゆる回線を使って接触を試みたのであるが、これが効を示し、ミリアリアの存在はその宙域にいた全ての者に認知された。
当然キラもそれに気付き、ポッドに向う。だが、それを見ていたディアッカが執拗にキラを阻んだ。
(あいつは何処にも行かせないっ・・・!)
この時のディアッカは無我夢中であった。どういう意図からミリアリアがポッドに乗せられたのか、ディアッカには解からなかったがここでフリーダムがポッドを回収してしまったらもうミリアリアは自分の手など届かない所に行ってしまう。そんなことはさせられない・・・!
こうしてフリーダムとバスターが膠着状態に陥っている間に、ミリアリアのポッドは地球連合軍の新型MSに奪取されてしまった。
「ミリィっ」
聞き慣れた声がミリアリアに届いた。
「この声・・・キラ・・・キラなのっ!?」
追いかけてきたモビルスーツからまたも声が聞こえた。
「ミリィっ!ミリアリア・・・!」
今度ははっきりとその声を聞いたミリアリアが涙を流しながらその声に答える。
「キラ・・・!キラなのね・・・!」
遠ざかる機影を見つめながらミリアリアはずっとキラの名前を呼び続けていた・・・。
**********
(AAが・・・やつらがみんな生きている・・・)
ディアッカは呆然とミリアリアのポッドを見送っていたが、イザークの叫びで我に返る。
「ディアッカっ・・・見ろっ!ヴェサリウスが・・・!」
ハッとして後方を眺めやると、ふたりの乗艦であったヴェサリウスは断末魔の咆哮を上げていた。
爆散し塵となって宇宙の海に還元されていく艦に敬礼をしてディアッカの眼は再びドミニオンへと向けられる。
クルーゼからの撤退命令に従い、ディアッカはやむなくL4宙域から離脱する途中、うわ言のように同じ言葉を繰り返していた。
「ドミニオン・・・」
ミリアリアを連れ去った艦の名前だ。
「今度逢ったら・・・・・・」
今度逢ったら・・・?・・・ディアッカはそこで言葉を噤んだ。
今度ドミニオンに逢ったら自分はどうするというのだろうか・・・?
ディアッカの心の問いかけにに答えてくれる者は誰もいない・・・。
(2006.11.1) 空
※ だんだん先が見えてきました。アスタロト(3)はできるだけ原作の雰囲気を残す形で書いています。
説明文っぽい感じがして味気ないですが、この後の2話を書くには必要な描写であり、
ディアッカが最後に何をするのか、その予想もできる回にしたかったのです。
こんなことをあとがき欄に記載するのはネタバレの感も否めませんが、「氷シリーズ」はそれでいいと私は思っています。
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