ZAFT軍が放ったガンマ線掃射砲ジェネシスの2射目は地球軍月基地のあるプトレマイオス・クレーターを壊滅させ、僅かに残った地球軍艦隊もその殆どが消失していた。
戦闘宙域はもはや戦いではなく、混沌と狂騒に支配された暴動のようにも見える。

地球軍は残存するピースメーカー隊を総て掃射され、最早、ZAFT軍に対抗する手段を持たない。
だが、正気を逸したとしか思えないZAFT軍首脳部がこのまま地球軍の残存兵力を見逃す筈も無ければ、地球軍もまた素直に引き下がるとも思えない。

「マリューさん!」

キラから悲鳴に近い通信が入る。
ピースメーカー隊を撃破したキラ達MS部隊が混乱の中から帰還する。
Nジャマーキャンセラーを搭載され、核エネルギーで駆動するフリーダムやジャスティスはともかく、今、激戦から戻って来た他のMSに必要なのは第一に補給であった。

マリューの声が宙域を巡る。

「必要な機体は補給を!・・・ドミニオンはAAが抑える!」

地球軍の核弾頭によるプラントへの攻撃を封じた今、なおも抵抗して止まないドミニオンを撃つべくAAは転進する。

「残りは総てジェネシスへ!!」

マリューの言葉を受け、キラ達はジェネシスへと向かった。






ガブリエル(4)







戦いの最中、ディアッカとイザークは幾度となくキラやアスラン、エターナルのラクス・クラインらの通信を傍受していた。盗聴していたのではない。おそらくキラ達がZAFT軍や地球軍に伝える意志をもって回線をオープンにしていたために可能だったことなのだろう。

ディアッカとイザークもジェネシスに向かおうとしたが、既にエネルギーは残り少なく、損傷の酷い機体では普通に動くのが精一杯だ。

傷だらけのAAが同じ形のドミニオンに立ち向かう姿を見つめながらディアッカはこの戦いの意味を問う。

(私はオーブの人間ですからコーディネイターの友人や仲間だっていましたよ・・・)

何度も何度も頭の中で反芻されるミリアリアの言葉。

AAが対峙しているのはコーディネイターでもナチュラルでもなくもっと別のものではないのだろうか。

ディアッカは胸に手を当て、丸く輪郭を浮かせる懐中時計の有りかを探る。
苛立ちのままに投げつけたミリアリアの懐中時計にはプレイランドで撮ったセピア色の写真と、きっと走り書きであろうミリアリアの書付が入っていたことを思い起こす。





───今、何を書けばいいのか、自分でもよく解からないくらい慌てています。

あなたがシャワーを浴びている間にようやくこれを書いています。
けれども・・・あなたがこの手紙を読むことはきっとないのでしょうね。

たった二ヶ月という短い日々でした。
でも、どんな時でもあなたはいつも捕虜の私を大切にしてくれました。
あなたにとって私はただの厄介な捕虜だったでしょうけれど、大切なひとたちを亡くし、生きることすら苦痛だった私にあなたはとても優しくて、そして時々自分が捕虜であることさえ忘れそうになるくらい私も毎日が楽しかった。
時々冷たい口調で私を突き放すこともあったあなたですが、結局冷たくしきれずに最後はいつもやさしくしてくれたのが嬉しかった。
けれど・・・あなたにはあなたの幸せがあったはずです。
きっと恋人だっていたのでしょうに、こんな捕虜の世話をしなければならなかったあなたに、私は迷惑をかけてばかりで何ひとつ報いることが出来なかった。
明日、あなたから引き離された後、私の身はどうなっているのか今は想像もつかないけれど、確かなことはもう二度と私はあなたに逢えないだろうということです。

もし・・・私が捕虜なんかじゃなかったら・・・。

そんなこと言っても、捕虜になったからこそ私はあなたに出逢えたのですが、それでも私は思ってしまう。
捕虜なんかじゃなくて・・・対等の立場であなたに出逢っていたのならどうなっていたでしょうか。
やっぱりあなたに恋をして振られるのを覚悟の上で告白なんかしたでしょうか・・・。
バカみたいですね。あなたと対等の立場になっても実る恋じゃなかったでしょうに。

ディアッカ・エルスマン。

私は・・・あなたに逢えて本当によかった。
あなたと過ごした二ヶ月の間、私はずっと不幸じゃなかった。
私を大切にしてくれて・・・ありがとう。
あなたと一緒に過ごせて・・・私はとても幸せでした。
あなたに恋してずっと私は幸せでした。

明日、懐中時計をあなたに渡したら・・・きっとあなたは中身など見ないで誰も知らない所に捨ててくれるのでしょう。
もし叶うならば・・・バスターから宇宙空間に捨ててくれることを願います。
あの真空の空間で朽ち果てることもなく、デブリ帯の塵になって、私の想いと一緒に・・・永久に漂い続けることを望みます。


───ミリアリア・ハウ






**********






小爆発を繰り返しながらAAとドミニオンは互いを牽制し、また攻撃を繰り返す。
友軍の殆どをジェネシスに向かわせたAAには援護を頼めるMSも艦艇も無い。
文字通り満身創痍の身でありながら戦いを続けている。
あの艦にはミリアリアも乗っている。
彼女はどんな思いで戦いに身を投じているのだろう。

(私はオーブの人間ですからコーディネイターの友人や仲間だっていましたよ・・・)

その言葉どおりナチュラルである彼女はコーディネイターの友人や仲間と共に戦っている。

まともに動く艦艇もMSも殆ど無い宙域の向こうでは黒い友軍のMSとフリーダムの姿が見える。
時折雑音混じりに傍受する通信から黒い友軍機のMSに乗っているのはかつてディアッカ達の隊長であったクルーゼのようだ。

「AAとドミニオン」

どちらもナチュラルの艦艇である。なのに敵として互いを撃つ。

「クルーゼとキラ」

ミリアリアがディアッカに語ったコーディネイターの友人であるキラ。対峙するのはZAFTのクルーゼ。

ナチュラル同士が、そしてコーディネイター同士の理不尽な戦い。既に開戦時の意義すら存在しない戦い。

ディアッカはぼんやりとAAらの艦影を追う。

「え・・・?」

不意に開いたドミニオンのハッチから数多い脱出艇が発進していくのが見えた。

(ドミニオンは降伏するのか・・・?)

だが、ドミニオンは速度を上げてさらにAAへと肉迫する。

(熱源反応!?)

ディアッカはセンサーが拾い上げた熱源反応の場所に息を呑んだ。



あれは・・・!













───とっととそこから下がれよAAっ!!



一瞬、その声を聴いても何が起こっているのか、それは誰にも解からなかった。

闇を裂いた閃光はあたり一面を白く覆った後、再び元の宙の姿へと戻ってゆく。
脳裏に焼きつく白い光。
周囲を確認すればいつの間にかディアッカの乗るバスターはAAとドミニオンの間に割って入り込んでいた。

ドミニオンから放たれた主砲ローエングリンのエネルギーは、AAに命中せず、代わりにバスターの胸部から上を吹き飛ばし、その衝撃で僅かに照準を狂わせた。
結果、ローエングリンはAAのすぐ脇をかすめ、宙へと飲み込まれて消え、上半身を失ったバスターは誘爆を起こして四散した。














**********





どこまでも続く深遠の闇の中でディアッカの思考はゆっくりと頭の中を巡ってゆく。

(何やってんだ・・・オレは・・・)

周囲を確認すれどディアッカの視界はただ闇を映すばかりだ。

(ああ・・・死ぬのかオレは・・・)

沢山の失われた生命が行き着く先は何処なのだろう。
もし、天国というものが存在するのならば、死した魂を導く者は誰なのだろう・・・。

そういえば天界からの御使いは総て『アークエンジェル』と称されることを思い出してディアッカは笑った。

───AA。

ミリアリアが乗る艦の名前もまた『アークエンジェル』といった。

天使界では最下層級にあるというのに第一階級のセラフイムや第四階級のドミニオンをも支配するという存在。

(ガラにもないことをしちまったな・・・)

だが、考えるより早く身体が反応していたのだ。AAの許へと。

大天使の盾となって死に逝くのだとしたら・・・自分の命も捨てたものではないだろうとディアッカは思う。

感情はどんなときも一番素直に自分自身を具現化し、行動をとらせる。
咄嗟にAAの前に飛び出した今の自分のように。

では、ミリアリアと初めて肌を合わせた夜に自分は何を思ったのか。

自分の胸にしがみ付くミリアリアの温もりが心地よかった。ただ彼女を慰めてやりたかったのではなかったか。

やがてそこから色々な感情が派生する。
繰り返し派生させる感情は次々と新たな行動を生み出し、形を作る。

しかし、ディアッカはミリアリアへの感情が形になって現れる前に自分の中で黙殺した。

彼女は捕虜なのだと、そして自分はただの監視員でしかないのだと。

そして、自分がただの監視員でしかないという思いもまた具現化した感情の結果なのだ。

捕虜と監視員として出逢ったことが間違っていたのだろうか。
いや、そうではない。

互いに捕虜と監視員という立場から動けなかったのがきっと間違いだったのだ。

別れる前の晩、ディアッカはミリアリアに、『今だけは捕虜であることを忘れろ』と告げて彼女を抱いた。

(・・・・・・)

小さな声がディアッカの耳元を・・・そっと通り過ぎてゆく。

『ディアッカ・・・』

ミリアリアが自分の名を口にする度に恍惚感が背中を焼く。








もっと優しくしてやればよかった・・・。








本当はプレイランドで見た、あの笑顔が忘れられなかったのだと。

本当は誰にも渡したくなかったのだと。

本当はもういちど逢いたかったのだと。


だから・・・夢中でAAの前に飛び出したのだと。






消えて行く意識の中でディアッカは呟く。






───ミリアリア・・・・ごめん。






感情はどんなときも一番素直に自分自身を具現化し、行動をとらせる
そして、どこまでも続く深遠の闇の中でディアッカの思考はゆっくりと形を失った・・・。












  (2007.1.31)  空

  ようやく4話目をお届けします。
  本文中ではクルーゼがコーディネイターであるかのような表現がありますが、これはディアッカをはじめとする周囲の人間が皆、
  彼をコーディネイターだと思っていたはずなので、このような書き方をいたしました。
  そして何度も申し上げますが、「ガブリエル」はハッピーエンドです(笑)信用してくださいねー。


  
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