ねえ、ミリィ。さっきから何を探しているの・・・?
背中合わせのガンナーシートから不意に彼女を呼び止めたのはサイ。
「え・・・」
慌てて返事をするミリアリアだが、その声が妙に上擦っていることを感じてサイは笑う。
「目の前にある通信コンソールじゃなくて、スクリーンばっかり眺めているからだよ。そんなに慌てなくても大丈夫だって。クサナギもエターナルも・・・ちゃんと位置は捕捉されているよ」
「・・・そうね。・・・そうよね」
確かに2隻の僚艦は気になるのだが、ミリアリアが巨大なスクリーンばかり見つめていたのにはもっと他の理由があった。
ガブリエル(3)
戦艦エターナル経由で伝えられた、『ZAFTの宇宙要塞ボアズが陥落した』との一報には、その場に居たすべての者が驚愕し、今後の戦いが凄惨を極めるであろうことを感じているのか皆一様に口を閉ざしている。
ミリアリアの目の前にあるAAのレーダーは、これまで幾度と無くあの『バスター』の機影を捉えていたものだ。
地球連合軍の機体でありながらZAFTの手に渡り、散々煮え湯を飲まされた恐ろしい敵。
だが、その機体を操っているのはコーディネイターというだけの人間なのだとミリアリアはもう知っている。
浅黒い肌と豪奢な金の髪をもつ美貌の青年。
夜な夜な肌を合わせ、熱を伝えた生々しい記憶。それは今もミリアリアを支配して離さない。
ボアズが陥落した今、プラント国家に残されているのは『ヤキン・ドゥーエの防衛線』のみだという恐ろしい事実は、次の戦いこそが人類の未来を決定づけるものになろうことを示している。当然だが、あのバスターも間違いなく最前線に出てくる筈だ。
ミリアリアが恋したあの青年、ディアッカ・エルスマンにめぐり合う最後の機会は互いを敵とみなして戦う宙。
(それでもいい・・・)
ディアッカに会えるのならばそこが戦場であっても構わない。
どの道、自分達はここで命を落とすのだから。
ならば・・・最後の最後に恋した男を想いながら逝くことくらいは許してほしいとミリアリアは思う。
───地球軍艦隊とプラント防衛軍の間にはすでに戦いが始まっていた。
急行したフリーダムとジャスティスが両軍の間に割り込むような形となる。
既に地球軍はプラントの『砂時計』に向かって核ミサイルを発射していた。
(あ・・・!)
その核ミサイルを迎撃する一群の中に、見慣れた機体の識別番号を確認してミリアリアは思わず声を上げそうになった。
それは、ようやくめぐり逢うことが叶った最愛の男が乗る機体なのだと彼女だけが知っていたから・・・。
**********
───核ミサイルの迎撃に遅れたディアッカの目前では、プラント群を直撃した筈の核ミサイルが全て粉砕され、消滅していた。
(どうしたんだ?何があった!?)
ディアッカの乗るバスターの頭上をジャスティスとフリーダムが高速で通り過ぎてゆく。その後方には3隻の戦艦の姿も見える。
(あいつらは・・・)
独り言のように呟いてディアッカは3隻のうちの1隻の艦をじっと見つめる。
───不沈艦アークエンジェル。
この艦を陥す為にディアッカは度重なる死線を潜り抜けてきたのだ。
だが、ディアッカはAAがここで奇妙な行動をとったことに対し、動揺を隠せないでいた。
地球軍がプラント群に向けて放った核ミサイルをZAFT軍と一緒になって撃ち落しているのだ。これは一体どうしたことか。
戦艦エターナルからはラクス・クラインの凛とした声が響き渡る。
『あなたがたは何を撃とうとしているのか・・・本当にお解かりですか!』
その言葉を信じるなら、3隻の艦はこの戦いを止める為に飛来したのだということになるが、誰もそれに耳を貸さない。
膠着状態が続く中、地球軍の核ミサイル攻撃を尻目に、ZAFT軍も隠し持っていた最終兵器ジェネシスをもって報復を開始させ、戦況は益々混乱の色を隠せない。
地球軍が一時戦線を撤退する。
それが月基地からの援軍を要請する時間稼ぎだとは解かっている。
それでも一時の静寂はようやくディアッカにも考える時間を与えていた。
ディアッカは両軍が放つ最終兵器を前にしてひとり言葉を失ったままだ。
かつてユニウスセブンを襲った悲劇。ナチュラル側の暴挙であった核ミサイルの使用。
その暴挙に怒りを覚えたからこそディアッカはZAFTにその身を投じた。
同胞を殺した憎むべき敵!愚かなナチュラルども!
しかし・・・今、ZAFTは、コーディネイターはその核ミサイルすらも凌駕する兵器をもってナチュラルを迎え撃っているのだ。
人間が人間を大量に殺す。
本当にこれでいいのか?
不意にミリアリアの姿が浮かぶ。
『私はオーブの人間ですからコーディネイターの友人や仲間だっていましたよ・・・』
そう言って寂しそうに微笑んだ姿があまりにも儚げで・・・気がつけば強く己の腕に抱いていたあの夜。
同衾を強いられ、その躯を蹂躙されても優しかった彼女。
興味と憐憫から抱いた少女はいつの間にかこんなにもディアッカの心に入り込んでいる。
だが、ディアッカは頭を左右に振り乱し、ミリアリアの面影を必死で消そうとした。
(あいつはナチュラルじゃないか!)
何が正しくて何が間違っているのか・・・もう自分にも解からない。
AAは敵の艦だ!だとしたらミリアリアも敵じゃないか!
(でも・・・あいつはオレと同じ人間なんだ・・・)
(違う!敵だ!)
(でも・・・命あるものだ・・・)
苛立つ感情そのままに、コンソールボックスを力任せに激しく叩く。
大きく身体を動かしたディアッカは、太腿に違和感を覚え、そっと手のひらを忍ばせた。
(あ・・・)
ディアッカが手にしたものはミリアリアの懐中時計だった。
(こんなものがここにあるから・・・!)
ディアッカは懐中時計を握り締めると、そのまま自分の足元に叩きつけた。
カシャン・・・という繊細な音をたてて懐中時計はコクピットを転がり、その衝撃で銀色の蓋がパックリと開いた。
そして中から小さな紙片が飛び出すのをディアッカは視界の端で捉えていた。
(何だ・・・?)
前にミリアリアから奪い取って覗き見たときにはそんな紙片は見当たらなかった。
訝しげに拾い上げ、ディアッカはカサカサと紙片を開く・・・。
紙片に目を通すうちにディアッカの顔色に赤味が差す。
(嘘だろ・・・)
ディアッカの声が吐息のように小さく流れる。
放心状態のまま、足元の懐中時計に視線を落とし、今度はそれを拾い上げる。
ディアッカが目にしたのは、自分とミリアリアが頬を合わせているセピア色の写真だった。
(なあ・・・嘘だろ・・・?)
何度も何度もそう呟きながらディアッカは懐中時計を握りしめた。
懐中時計に残されていたのは、以前そこにあったミリアリアの恋人の写真ではなく、ミリアリアの想いだった。
最後まで隠し通した想いの悲しさがディアッカの視界を曇らせる。
───なあ・・・。嘘だろ・・・。
(2007.1.19) 空
※ようやくお届けが叶いました。お待たせして本当にすみませんでした。
妄想駄文へ 熱をもつ氷TOPへ ガブリエル(4)へ