天使界にも階級というものがある。
出典などはもはや定かではないが、九階層に分けられる階級の下層階級第八階級に位置しながらその権威は第四階級のドミニオン、更には第一階級のセラフィムをも凌駕する存在。
人界に最も近き神の御使いにして天使界の真の支配者。
その名も大天使ガブリエル。
女性の姿にも例えられる麗しき大天使の至高なる長よ───。







ガブリエル







───ミリィ・・・またここにいたの?

「キラ・・・」

「捕虜から解放されたのに・・・ミリィはあまり嬉しそうじゃないね」

「・・・そんなことないわキラ。ただ実感が湧かないだけよ。だって自由になれる日が来るとはもう思ってもいなかったから」

「でも、解放されてからひと月は経っているじゃない?それでも実感湧かないの?」

「・・・・・・」

「あ、ごめん・・・。こんなこと僕が言ってもしょうがないよね」

「どうしてキラが謝るの?必要ないでしょ?」

ミリアリアはキラの鼻を指でつん!っと突付いて笑った。

「ごめんねキラ。心配ばかりかけちゃって。サイも艦長もフラガ少佐も・・・みんな心配してくれてるのは解かってるんだけどダメよね。どうしてもここに足が向いちゃうの」


ミリアリアはコロニー・メンデルでの遭遇戦で、ZAFTから返還釈放され、フリーダムに搭乗したキラによって救出された後、再びAAに戻ってきた。
JOSH−Aで消息不明となった彼女がどのような経緯で捕虜になったのか・・・そこまでは解からなかったが、こうして無事な姿を見るにつけ、キラは心底よかったと思う。だが、再会したミリアリアは以前の快活さを無くし、時間が空くと専らここAAの展望デッキでずっと宙を眺めている。
初めはトールの死が彼女をそうさせてしまったのかと思っていたキラだが、どうやらそれだけではないらしいと今はそう感じている。

「じゃあ僕はエターナルに戻るから・・・ミリィも少しは休まないとだめだからね」

「その言葉そっくりお返しするわよ?キラこそまだ身体本調子じゃないんでしょうから」

そこでふたりは顔を見合わせクスリと笑った。






**********







エターナルに帰艦し、格納庫でボンヤリと佇むキラは背後から柔らかな声をかけられた。

「ミリアリアさん・・・いかがでしたか?様子を窺いにAAに行っていたのでしょう?」

「ラクス・・・」

「二ヶ月も捕虜になっていただなんて・・・辛いこともおありでしたでしょうに健気に明るく振舞っていらっしゃいますものね」

ラクスは小さく溜息を吐くと、キラの肩をトン・・・と押した。

「でも・・・ここにずっといるのもいけませんわキラ。あなたこそまだ休養が必要なのですから」

ラクスに優しく誘われてキラは艦内へと向かう。
その道すがら、キラは救命ポッドから助け出され、AAの格納庫に降り立ったミリアリアを思い起こしていた。
懐かしい顔ぶれを見渡し大きく息を吐くとその場で崩れ落ち、気を失った彼女。
ずっと気を張っていたのだろうと誰もがそのときは思っていた。あまりの痛々しさにキラは自分のケガをもおしてミリアリアに付き添っていたほどだ。
高熱を発し、時々うわ言のように言葉を絞るミリアリアの状態に一喜一憂しながらのある日、キラは人名と思しき言葉をミリアリアの吐息の中から漏れ聞いた。

(・・・ディアッカ・・・待って・・・)

苦しい息の元、ようやく聞こえたその言葉に何か意味があるのだとは思いながらもキラはミリアリアに「ディアッカって誰?」と未だ訊ねることが出来ないでいた。

「ディアッカ・・・」

「・・・え?」

途中キラの口からポロリとこぼれた言葉に今度はラクスが反応を返した。

「ミリアリアさんから・・・何かお聞きしましたか・・・?キラ」

「あ・・・いやその・・・」

無意識のうちに言葉にしてしまった自分の迂闊さにキラは躊躇した。だが、そんなキラの言葉を捉えてラクスはキラを見つめている。
周囲を見回して小さな空き部屋を見つけるとラクスはキラをそこへと招き入れた。

「どうしたのラクス・・・?」

「キラはディアッカという名前を聞いたのでしょう?」

「・・・・・・・」

「こんなことでしたら・・・キラにはお話しておいたほうがよかったですわね・・・」

ラクスはひっそりと呟くと傍らの椅子をキラに勧め、自らも静かに腰を下ろした。

「ディアッカって・・・もしかしてラクスは誰のことだか解かっているの・・・?」

「ええ・・・」


ラクスはコクリと頷いて言葉を続ける。

「親同士のお付き合いもありましたし、幼馴染でもありますわ。でも彼のことでしたらきっと誰よりもアスランが詳しいと思います。士官学校の同級生で・・・卒業後は同じクルーゼ隊に配属になった程ですから」

「アスランの同級生・・・」

ラクスの言葉を反芻してキラはまたラクスを見やる。

「ミリアリアさんのことを考えますとあまり公にしないほうがよろしいかと今日まで誰にも話さずにいたのですが・・・」

───と、前置きをしてラクスはキラにミリアリアが辿った数奇な捕虜としての生活を語り始めた。

クルーゼに攫われたミリアリアは公の記録には捕虜としてその名前を留めていないのだという。
このあたりはクルーゼが何か策を弄したらしく、そんなクルーゼに命ぜられるままにミリアリアをカーペンタリア基地の自室で監視下に置き、二ヶ月間ずっと同衾していたのが「ディアッカ・エルスマン」であるという報告をラクスは支援団体を通じて入手していた。

「同衾・・・ってラクスそれじゃ・・・」

キラは言葉を詰らせた。同衾とはひとつの部屋で男女が生活を共にすることだが、要は男女関係があることを指し示す言葉だ。

「ええ・・・。言葉どおりに解釈していただいていいようです。もっともその後の軍事作戦などで・・・当事のことを知っている者は殆ど戦死しているとのことですからあまり危惧する必要はないとの報告ですが・・・」

「・・・・・・」

同衾だなんて・・・と、キラは眉根を曇らせた。が、それにしてはと・・・ミリアリアの反応にも疑問が残る。

(・・・ディアッカ・・・待って・・・)

確かに彼女はそう言ったのである。命じられるままミリアリアがディアッカと同衾して、悲嘆に明け暮れる毎日を送っていただけならば(待って・・・)となど、ディアッカを追い求めるような言葉が出るとも思えない。

「それともうひとつ・・・。ディアッカはミリアリアさんをとても丁重に扱っていたらしいですわ。随分親身になってお世話をしていたとの報告もあります。でしたらあの時のバスターの行動も解かるような気がしますわね・・・

「バスター!?」

「ええ。アスランの話によれば、現在バスターに乗っているのはディアッカだということです」

ラクスの言葉にキラはようやく燻り続けていた疑問の答えを見つけた気がした。
ミリアリアを救出しようと必死になるキラに対して、本来なら後方援護機体であるバスターがあれほどまでに無謀な接近戦を挑んできていたのだ。それはまるでミリアリアのポッドを奪い返そうとしているかのようであった事に今更ながら思い至る。

「じゃあ・・・ミリィとディアッカは恋人同士だっていうの・・・?」

キラの言葉に耳を傾けながらラクスはそっと頭を振る。

「それは・・・おふたりにしか解からないことですわねキラ。けれど・・・」

「・・・けれど何?ラクス」

「けれどナチュラルと・・・コーディネイターである前にわたくしたちはみな等しく人間であるということです・・・」









**********









───ミリアリアはまだ展望デッキから宙を眺めていた。

キラが生きていた。
それはとても嬉しかったし、捕虜から解放され、こうしてAAに戻れた自分は本当に運がいいとは思う。
でも・・・トールは戻って来なかった。
あのマーシャル諸島の空でイージスに撃墜されたのだと聞いた。
イージスのパイロットはアスラン・ザラというキラの幼馴染で、以前ラクス・クラインがAAに囚われていた時分にチラリと聞いた覚えがある。
現在はプラントを脱出してラクスと共に戦艦エターナルにいるという。
誰が悪いというわけではない。戦争なら相手を倒さなくては自分が殺されてしまうのだから。
キラも、そしてトールもそうして戦いに赴いたのだと・・・今ならミリアリアにもそれは解かる。
それに自分の未来も既に捻じ曲がってしまったのだ。
トールと過ごしたあの陽だまりのような毎日を懐かしく思いながら、一方で別の男が忘れられない。
狂った時間を共に過ごした金髪のコーディネイターに恋してしまった自分にはもう誰彼責める資格がない。
トールが生きていたら不実な女だと・・・きっと自分を罵るだろう。


(あのひと・・・どうしているのかな・・・)


もう・・・きっと二度と逢えないのに心はどこまでもディアッカを追い求めている。


(ねえトール・・・。私はこんなにも汚いのよ)


再びディアッカと敵味方に分かれてしまった自分を思う。


(だからトール。私はもうどこにも行けない・・・)


硬質のアクリルガラスに自分の姿を映し出す。
誰もいない宇宙空間にぽつりと取り残されたみたいだとミリアリアは眼を閉じた。

トールに心を残したままディアッカに引きずられていく自分にいつか天罰が下るその日まで・・・
せめてその日が来るまで熱をもった恋の夢を見ていたいとミリアリアは思う。









     (2006.12.1) 空

      ※ ガブリエルをお届けします。悲壮感が漂っていてもこちらは根性で甘くします(笑)全5話の予定です。


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