隠密行動というものは、通常闇に紛れて行なう事が常識とされる。
それは勿論必要以上に目立たないようにする為である。
しかし現在のように探索機能が進んだ社会では、闇に紛れての行動が必ずしも最良策とは限らないものだ。





蒼い眼の彼女 (3)





───では、ディアッカ。いえ、隊長。人質の救出作戦は日中に決行すると?

シホ・ハーネンフースは怪訝な面持ちで上司であるディアッカの顔を見返した。

「ああ。先程人質の監禁場所が特定されたとの報告が入ってきたんだけれどさ?これが意外でさあ〜!ワシントンの中央にある雑居ビルの地下だっつ〜んだよなあ・・・!」

前任の上司であったイザーク・ジュールは厳格な司令官で、この眼の前の男のように重要な話を軽々しく扱ったりはしなかった。
シホはひとつ溜息をついてディアッカの正面に座りなおした。

「でしたら尚更深夜に行動を起こした方がよろしいのではありませんか・・?」

ディアッカはクククと片頬を上げて人の悪い笑顔をシホに向ける。

「あのねえ?シホさんよ〜く考えて欲しいんだよね〜!雑居ビルって言っただろう?オレ。あ〜いう所はさ、不特定多数の人間が行き来する昼間の方が怪しまれないに決まっているじゃない?夜にコソコソお出かけしたら即行瞬殺ものだろう?」

「しかし・・・日中に決行となると一般人に危害が及ぶ確立が高くなります」

「だからさ?そこの所をシホさんに上手にやってもらいたいわけよ?OK?」

(・・・・・・)

一歩も引かないディアッカの言葉にシホは再び溜息をついた。
ディアッカは前任の上司、イザーク・ジュールの懐刀であり、影のフィクサーとも言われた極めて有能な人間だとは付き合いの長いシホも認めるところであるが、同時に常識という言葉には無縁の男だとも思っている。
テロリストから人質を取り戻す作戦は慎重を期することだというのに「真昼間にコトを起こせ!」とはあまりにも無謀ではないのか。だが、人質の体力を考えると、既に事件から三日目になる今日あたりが限界なのだ。

「・・・んでね?コレがオレの考えた作戦なんだけれどさ・・・?どう?シホさん。楽しそうでしょう?」

ディアッカはそう言ってシホに一枚の紙を差し出した。

「・・・・・・!」

渡された紙を見てシホの顔が真っ赤になった。

「・・・・・・ディアッカ!いえ、隊長!これ本気で私にやれと申されますかっ!」

「うん。いいでしょ?」

またもや片頬を上げてクククと笑うディアッカにシホは三たび溜息をついた。






**********





───なあ。おまえの腹のガキって本当に父親はいねぇのか?

人質となって三日目。ミリアリアはしつこいまでの尋問を受けていた。

「・・・だから、死んじゃったって言ったでしょう?交通事故だったって」

「でもデータによるとおまえはコーディネイターの男とイイ仲らしいじゃねぇか!」

「昔の話よ!まだ子供だったから綺麗な男にトキメいちゃっただけよ」

ミリアリアはムキになって、だがテロリストを刺激しないように声を荒くした。
自分のお腹には間違いなく子供がいる。この子の命は何としても守りたい。
母子手帳には記載されるはずの父親の名前はない。一ヶ月前に妊娠の事実を知ったときから決めていたことだ。
誰にも告げずにひとりで生むのだと。
父親の名前は・・・もう忘れた。
記憶の彼方に豪奢な金髪が浮かび上がる。だが、過去の男だ。

「まあ、妊婦を殺したとあっちゃどんなに正当性がある行いでも批判されるのは必至だからな。運がいいぜおまえはよぉ!」

カラカラと声高く笑うとテロリストはミリアリアの目隠しを固く絞め直して再びドアの外へと消えた。

(・・・寒い・・・)

陽の当たらぬ地下室は夜ともなると急激に気温が下がる。コンクリートの上に毛布を一枚敷いただけの粗末な寝床はミリアリアから体温を奪っていく。

物音ひとつしない地下室の片隅でミリアリアは再び記憶を甦らせていた。





───好きなひとと結婚出来たからっていってもね・・・それが幸せとは限らないのよ・・・。





七歳も年下の・・・それも綺麗な男を恋人にしていたあの女性を思い出す。
人前では恋人と決して並んで歩こうとはしなかった彼女。当時十五歳の自分にはそれがとても不思議だった。
自分だったらこんなにも素敵な男が恋人なら見せ付けるように腕を絡めて一緒に歩いたことだろう。

───でも、今は?

ミリアリアは塞がれた両目を虚空に向けた。

ディアッカとミリアリア。ふたり並んで歩いていると大概の女性が振り向いたものだ。
まず男の美貌を賞賛する。そして傍らのミリアリアに目を向けると意味深な笑いを残して離れていくのが常だった。
歳を重ねるごとに凛々しくなっていくディアッカの姿はとても眩しくて、ミリアリアが眼を背けたのは一度や二度ではなかった。
並んで歩いたふたりの距離が少しづつ・・・少しづつ離れるようになった。そんなときディアッカは自分の歩調を緩めてミリアリアを待った。

「早く来いよ・・・!」

何の屈託も無く笑うディアッカに対して小さな波紋を残したまま、ミリアリアは慌てて彼の後を追うのが常になった。
元々有能で実力もあったディアッカが現政権のプラントで重鎮となるのは解かっていた。
ディアッカは一歩一歩眩い階段を登ってゆく。登る度にミリアリアと逢う時間が少なくなっていくのを彼女は黙って見つめていた。

ミリアリアが最後にディアッカに逢ったのは四ヶ月前だった。

イザーク・ジュールの後継者となってZAFTの白服を纏う身となり、数年が過ぎていよいよ父親の後継者となる日も近いと噂に聞いた。

「あんた・・・いよいよ評議会議員の候補に上がったんだって?」

ミリアリアは努めて普段と変わらない態度でディアッカに接した。

「・・・ああ。さすがはジャーナリストだな。大きな声では言えないけれどさ?ま、潮時ってもんじゃないかな」

「・・・潮時?」

「いつまでもガキのままじゃいられないってことさ。お互いにね・・・」

「・・・そう」

「おっと!悪いミリアリア。この後、会議があるんでさ・・・」

ディアッカは時計を覗き込むと、心底ミリアリアに申し訳なさそうに告げて静かに席を立った。

「うん。またね・・・」

「ああ。また連絡するから・・・」





───それきりふたりが逢うことはなかった。





事実、それから三ヶ月あまり、ディアッカの日常は多忙を極めた。
だからついついミリアリアとの連絡も途絶えがちになっていた。
そしてようやく時間が出来たとき、ディアッカは信じられないことを知った。

───おかけになったコールナンバーは現在登録を抹消されております。

「な・・・何で!どうして!」

ディアッカは慌ててPCからミリアリア宛にメールをするが、そのアドレスも既に抹消されてしまっていた。
オーブ・ジャーナリスト協会にも問い合わせをしたが世界中を駆け巡るミリアリアの行方は掴めなかった。
キラやサイ、果てはカガリにまで聞いてみたが、杏として彼女の居場所は解からなかった。

そして更にひと月が過ぎて、ようやくディアッカはミリアリアの居場所を掴んだのだ。
皮肉にもテロリストの人質となっているというミリアリアの居場所を。






**********





───潮時。

最後に逢ったときにディアッカが口にした言葉だ。

何故、ディアッカは潮時だなんて言ったのだろう。
お互いにもう子供じゃない・・・なんて言ったのだろう。

「愛している・・・」という言葉を囁くその同じ口から流れた言葉は自分に何を告げたかったのだろう。

ミリアリアの視線は闇の彼方から離れられない。

やがて暫くして、体調を崩したミリアリアは、検査のために訪れた病院で驚愕の事実を突きつけられた。



「おめでとうございます・・・!ミリアリアさん。妊娠されてますね!そうですねえ・・・三ヶ月目に入ったところですね」

医師はニコニコと笑って手続きの為の書類にサインをしている。

「この次の検診の時には出来ましたらだんなさんを同行して頂きたいのですが・・・」

それを聞いてミリアリアの表情に暗い影が浮かんだ。

「・・・私、まだ結婚していないんです。婚約者がいたのですが、先月事故で他界しましたので・・・この子の父親は・・・」

「もう、この世にはいないんです・・・」





「流暢な嘘」とはきっとこういうことを指すのだろう。





スラスラと出てきた言葉に一番驚いているのはきっとミリアリア自身だ。





「妊娠」そして「潮時」










(確かに・・・潮時には違いないわ・・・)









虚空の彼方にいる男の姿をほんの一瞬思い描いたミリアリアは、その存在を記憶から強引に消したのであった。












     (2006.7.3)  空

    ※ やっぱり重いですか?


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