「ディアッカ!あ、いえ・・・隊長!こんな格好・・・本当に私にさせるおつもりですかっ!」
「当然じゃない。んー!でもよく似合っているよシホ!これだったら充分イケるって」
「わっわたしはこんな格好したことがありませんっ!お願いですから勘弁してください・・・!」
「だからなあシホ。何度も言うけれどさ?この作戦の成功はおまえに懸かってるんだからそれくらい我慢しろって」
「だからって・・・こんな格好私じゃなくてもいいじゃないですかああああっ!」
蒼い眼の彼女(4)
───「本日午前10:00をもって『OJA』の人質救出作戦を決行する」
ディアッカは自分の隊より二十名を厳選すると、テロリストが拠点としている雑居ビル周辺に待機指示を出した。
指示に従い、ある者はひとりで。またある者は三人でといった具合に時間をおいてバラバラになって行動する。
人混みに紛れたほうが目立たないので、日中に行動を起こすというここまでのディアッカの選択は正しい。だが、二十四時間体制で監視を続けるテロリストを欺き続けるのは困難である。いくらそのシステムを運用しているのがコンピューターであったとしても、テロリストという過剰な防衛策を施しているマンパワーの前では、ひょんな事から作戦を見破られてしまう可能性がある。そこでディアッカはマンパワーの注意を一手に引き受けるような囮作戦を思いついた。
「シホ・ハーネンフースに命じる。ただちにこの衣装に着替えて十分後にまたこの司令室に来るように」
そう言ってディアッカはシホに大きな紙袋を手渡すと、自らもあとを部下に任せて部屋の外に出て行った。
そして十分後に再びこの場所に姿を現したシホは半べそをかきながら大声でディアッカを詰っているのだ。
「この私の格好と作戦と一体どういう関係があるのですかっ!」
「だから・・・ああもうさっきから言ってるだろう?その格好なら人目を惹くのに最適なんだからっ!」
シホがディアッカを詰るのも当然で、彼女が着ている服はなんと『ヘソ出しローライズの超マイクロミニスカート』と『胸の半分は丸見えというカットの深いラウンドネックのカットソー』であった。スカートの丈はあと1〜2センチの微妙な長さで下着が見えるか見えないか!というシロモノで、これは有名なZAFTレッドの『ルナマリア・ホークのスカート』よりも更に短い。ここにピンヒールのブーツを履く。
ディアッカがシホにこのような格好をさせたのには当然理由があるし、聞けば「なるほどっ!なんて素晴らしい策なんだっ!」と賞賛されるような作戦だとしても、当のシホにはいい迷惑である。しかし、コーディネイターであり、エキゾチックな美貌のシホにはその格好は確かによく似合っていた。
『OJA』が人質にされている雑居ビルは八階建ての小さいビルだが、そこには美容院やエステサロン。総合スポーツジムに、モデルクラブの事務所まであった。ディアッカはそこに着目したのである。部下たちにはスポーツジムの客を装わせ、シホにはモデルクラブ所属のモデルになってもらったのだ。美貌のシホならば周囲の視線も一気に引き受けられるし。コンピューター画像は一定の場所を自動的にチェックするだけだが、テロリストはそのほかに、直接人間を監視カメラに待機させているに違いない。テロリストは殆どの場合「男」で構成されている筈なので、『シホの足』は禁欲中であろう男どもを刺激するにはもってこい!というわけである。ただシホ独りでは危険なのでその護衛役兼相手役としてディアッカが自らこちらも変装してシホの傍に就いている。黒い髪の鬘を着けて、同じく黒いサングラス。上品な麻のジャケットとデニムパンツを着用しているその姿もまた、ディアッカの精悍な美貌によく映える。
なるほど、ディアッカがシホの肩に腕をまわして寄り添って歩くと周囲の人間がみな一様に振り返る。さすがに人目を惹く効果は充分だ。その隙に隊員たちはひとり、またひとりとビルの中に侵入する。
**********
───うひゃああっ!すっげぇ綺麗なネエチャンだぜ!
監視カメラのモニターの前ではテロリストの男たちが歓喜の声をあげていた。
ズームアップすれば身体の曲線からスラリとした足の長さまでがはっきりと映し出されて3Dのグラビアよりもはるかに扇情的であり、官能的である。隣の男は正直邪魔だが、こちらもホスト顔負けの姿であったから、テロリストたちはふたりの間に『ある種の想像』をたくましく働かせる。
「美男美女のカラミかよ・・・!いいねえ綺麗だと相手も生唾ゴックンさね・・・!」
などという会話を暫くモニター越しに交わしていたのであるが、そんな中、背後のドアが静かに開いた。
コロン・・・という小さな音がしたのであるが、みなモニターに夢中で気がつかない。そして数秒の後、モニタールームは無音のまま閃光が炸裂してまったく声が聞こえなくなった。銃を構えたZAFT隊員らが踏み込むが、モニタールームのテロリストたちはすでにみな気を失っていた。目覚めさせないように高濃度の睡眠薬をテロリストの体内に注射する。これで丸一日は目覚めない。
モニタールームの占拠に成功した隊員たちは残りの仲間に合図を送ると、残りの隊員たちは一斉にテロリストの捕獲作戦を開始した。
まず、テロリストの拠点である地下室の電源をカットし、通信手段をも排除する。当然地下から「何事だ!」との声があがるが、それにはZAFTの隊員が「電源回路がトラブルを起こしたので修理をしている」と音声だけで返事をする。まさかこんな陽の高いうちに人質の救出作戦が実行されているとは思わないテロリストたちは素直にその報告を信じてしまった。よって後は簡単。
テロリストの制圧と捕獲は呆れるほどの早さで完了した。
**********
三人の人質も無事に保護し、テロリスト全員の身柄の拘束が伝えられた後は全ての報道管制は解除され、マスコミは各社一斉に事件の解決を報道した。人質となった三人のプライバシーは彼らとZAFTの今後の活動に支障をきたすという半分でっちあげの理由を用いてディアッカは巧みに発表を避けた。
ミリアリアが目覚めたのは病院のベッドの中であった。
(私・・・どうしてこんなところにいるの・・・?)
天井を仰げば片隅には点滴薬のパックが数本掛けてあり、その管が自分の腕に向かって下りていることに気づく。
目隠しもなく、ベッドはとても温かい。
「気がついたか・・・」
不意に枕元で声が聞こえた。聞き覚えのある艶やかなテノールの主は・・・。
「ディアッカ・・・?」
それは紛れも無く、ディアッカの姿であった。ミリアリアとは実に四ヶ月ぶりの再会である。
ミリアリアが起き上がろうとするのをディアッカが止めた。
「動くんじゃない。おまえの身体はまだ絶対安静なんだから・・・」
ディアッカに言われてミリアリアは反射的に自分のお腹を手のひらで擦る。
その様子を見てディアッカは静かにかぶりを振った。
「ごめんな・・・。お腹の子供・・・だめだった・・・」
「・・・・・・」
ディアッカはパラパラとミリアリアの母子手帳のページを捲る。
「なあ・・・。おまえ・・・どうしてオレに何の連絡も寄こさなかったんだ・・・?」
妊婦であるミリアリアの横に本来なら記載されているはずの「夫」の名前は未記入のままだ。
「お腹の子供の父親は・・・オレだろう?」
「違うわよっ!相手は別の男の人よ!間違ってもあんたじゃないから安心して!」
「嘘はつくな。遊びで男と寝るようなおまえじゃない。それに妊娠四ヶ月だというのならば・・・間違いなく相手はオレじゃないかっ」
「だから違うって言ってるでしょう?ずっと連絡もしてこない仕事一筋のコーディネイターのあんたなんかもうとっくに忘れたわっ!それにコーディネイターの子供を身ごもるなんて殆ど不可能に近いって言ってたのはあんたじゃないの。よく考えてから言いなさいよ!」
「絶対に不可能ってわけじゃない!そうやってオレの子供を身ごもったのがいい証だっ」
「だから言ったでしょ!プラントでの仕事に忙殺されているエリートもどきの男はもう忘れたって!仕事先でナチュラルの優しい人に出会ったのよ!あんたと別れるって何度か連絡しようしたんだけれど、『ディアッカ様はご多忙なのでお取次ぎ出来ません!』って秘書だか何だか知らないけれどこっちの通信はみんな取次いでもらえなかったのよっ!プライベートアドレスだって私からの通信は受け取れないようになっていたものっ!そんな男の子供なんて私が生むと本気で思っているのっ?バカじゃない?あんた」
「・・・アドレス拒否・・・?」
「そうよ・・・だからあんたはもう私のことなんかどうでもいいんだと思ったのよ。最後に逢ったときももう『潮時』だって言ってたじゃない?てっきりプラントで結婚が決まったのかと思ったわ。だったらそういうこともあり得るじゃない?」
「オレはアドレス拒否も・・・ホットライン通信の拒否もしていない・・・。じゃ、誰がそんなことをしていたんだ・・・?」
「そんなの誰でもいいじゃない・・・。と、言いたいところだけれど、きっとあんたのお父様じゃないの?せっかくエリートコースを歩みだした息子の恋人がナチュラルだなんて公になったらあんたもそうだけれど、あんた以上に困るのはお父様でしょう・・・?」
「だから・・・おまえも自分のアドレスを替えたのか・・・?」
「まったく関係ないわね。もう付き合いのない終わった男のアドレスなんて持っていても無意味だもの」
「・・・ミリアリアっ!でもその子供の父親は間違いなくオレだっ!」
「しつこいわね・・・!恋人ができたって言ったじゃない!だから彼の子供よ」
「だったら・・・どうしてこの手帳の父親の欄にそいつの名前が無いんだよ・・・!」
「うるさいわね・・・っあんたには関係ないでしょう!」
「・・・関係あるさ。なぜなら死んだ子供のDNAは・・・オレのものと一致したんだから!」
───だから・・・どんなにおまえが否定しても・・・この子供はオレの子供なんだよ・・・。
**********
それから毎日ディアッカはミリアリアの病室を訪れた。
目立たないようなラフな格好をしてはいても、豪奢な美貌は隠しようも無く、段々とひとの知れるところとなっていった。
さすがにここまで目立ってはミリアリアの周囲にもいい影響を与えない。
ディアッカはシホを同行してミリアリアの許を訪れるようになった。こうすれば人の目も誤魔化せる。
医師がディアッカに告げた言葉は真実であった。
搬送先の病院でミリアリアが妊娠していることを知ったディアッカはありとあらゆる手を尽くしたのだが、不安定な環境と、寒さの厳しい地下室での人質生活は彼女の子供の命を容易く奪ってしまっう結果となった。
母子手帳に父親の名前が記入されていないことを不審に思った病院側が、ミリアリアの掛かり付けの医師から詳細を聞かされ、婚約者が死亡したので父親名が空欄なのだとディアッカに告げた。そこでディアッカはその婚約者が自分であってコロニーで生活していたときに誤報で死亡が伝えられたという話を捏造したのである。証拠にとふたりで写った写真を何枚か見せると医師はすぐさまそれを信じた。
流産した子供の亡骸からDNAを採取して検査した結果、子供は間違いなくディアッカの子供であると証明された。
だが、ミリアリアはディアッカが訪れてももう殆ど彼と話をしなかった。
そして、いつもディアッカのとなりに控えている副隊長のシホを見つめて寂しそうに微笑んだ。
幾日かが過ぎて、ミリアリアの身体もすっかりよくなり検診に訪れた医師が告げた。
「ミリアリアさん。もういつでも退院できます。どうなさいますか」
それを聞いたミリアリアはホッとした様子で医師に告げた。
「でしたら、明日にでも退院させて下さい。彼はあさってからまた仕事になるって言っていましたから」
「医師はそれを承諾すると、次の患者を看るため、病室から足早に出て行った」
**********
ディアッカとシホがミリアリアの病室を訪ねてきたのはその二日後であった。
既に前日ミリアリアが退院してしまったと聞かされて慌てて病室に駆けつけたのだ。
すでにベッドは片付けられ、人気の無いガランとした病室を眺め回し、ディアッカは呆然とその場に立ち尽くしたままだ。
「・・・どうして・・・!」
「・・・そういえば隊長・・・」
任務の都合で二日間は病院に来れないとディアッカが話していた事を思い出してシホはディアッカにそれを告げた。
ミリアリアはそれを憶えていてディアッカの来れない日をわざと選んでここを出て行ったのだろう。
ひと言も話さないディアッカの後ろでシホは空いたベッドを見つめていた。
(ミリアリアさんは・・・本当にディアッカを愛していたのですね・・・)
同じ女性であるシホにはミリアリアの気持ちが痛いほど理解できた。
ずっとディアッカの傍で副隊長として彼を支えてきたシホは前任のジュール隊長のように近い将来この男にも栄達の道が開けていることを肌で感じていたのだから。とにかくディアッカは有能で柔軟な頭の持ち主である。婚姻統制による結婚もきっと近く訪れることであろう。
約束されたディアッカの将来の唯一無二の『汚点』・・・それは彼の恋人がナチュラルで、しかもあのAAのクルーだったということは、否が応でもディアッカの捕虜時代の話までクローズアップされてしまう。
だからミリアリアはディアッカとの連絡を絶ったのだ。
お腹の子供のことも・・・きっと誰にも告げられないまま、自分だけで生む決心をしたのだ。
愛する男の子供なのだ。どんなに世間がそれを認めなくても事実は自分だけが知っている。
一生誰にも告げぬ覚悟でミリアリアはディアッカの子供をひとりで育てていくつもりだったに違いない。
それを思ったとき、シホは声を出して泣いた。
───好きな人と結婚できたからって・・・それが幸せとは限らないのよ・・・。
スカンジナビア王国行きの列車の中でミリアリアはひとり窓の景色を眺めていた。
・・・おねえさん。あなたもこんな思いをして恋人の許を離れたの・・・?
かつての隣人だっ彼女の言葉を思い出す。七歳も年下の恋人の未来を思って恋人の許を去った女性。
ミリアリアと同じ蒼い眼をしたあの女性。いつも『おねえさん』と呼んでいた彼女。
好きな人には誰よりも幸せになってもらいたいの。
彼女がどんな気持ちで恋人の許を去っていったのか、今のミリアリアにはよく解かる。
(ごめんね、あかちゃん・・・この世に生んであげられなくて・・・)
ミリアリアは涙を浮かべてもう必要のない母子手帳をパラパラと捲った。
母親の氏名欄には「ミリアリア・ハウ」と記されているそのとなりには・・・。
ミリアリアはそれを見つめてさらに涙を頬に伝えた。
父親の氏名の欄には真新しいインクの色で大きくはっきりとした文字が並んでいた。
『父親の氏名:ディアッカ・エルスマン』・・・と。
それは見慣れたディアッカ自身の署名に相違なかった。
───隣人の女性が去っていった翌朝。
彼女の恋人が尋ねて来た事をミリアリアは思い出す。
「これから・・・どうするんですか・・・?」
恋人が去った後にミリアリアはこの男にそう尋ねた。
エドというその男性が言った言葉。
「そうだね・・・!ここで諦めるような恋など俺はしていないよ!絶対探し出してもう一度彼女を俺のものにする!」
それは誇り高い一人前の男の言葉・・・。
奇しくもガランとした病室でシホがディアッカに同じ事を聞いていた。
───ディアッカ、いえ隊長。この後、どうなさるおつもりですか・・・?
ひとしきりうな垂れていたディアッカだったが、ゆっくりとシホを振り返り、声高らかに彼は告げた。
───こんな最高の女、オレが逃すと思っているの?逃したら一生後悔するって。
待っていろミリアリアっ!これくらいでヘコむようなディアッカさまじゃね〜んだよ!
地の果てまで追いかけて即行結婚式を挙げてやるっ!
シホの前でガッツポーズを決めた後、ディアッカはクククと微笑んだ。
そんなディアッカにシホはひとしきり笑って言葉を返してやった。
「さすがはディアッカ・エルスマン!ジュール隊長が心底信頼なさったあなたでしたら必ず見つけ出しますでしょう」
───当然だね!
その言葉を言い終える前にディアッカは病室を飛び出していた・・・。
(2006.7.24) 空
※ はい。ようやく終わりましたです!お待たせして申し訳ございませんでした・・・。
私は女というものは男を追わせてなんぼのもの!というとんでもない考えを持っています。
ミリィはディアッカが追いかけるだけの価値のある女性だといつもいつも思っています。
もうひとりの 隊長殿!ようやくお届けが叶いました・・・。
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