「好きなひとと結婚出来たからっていってもね・・・それが幸せだとは限らないのよ・・・」
ミリアリアがまだヘリオポリスに住んでいた頃、隣に住んでいた女性がそう言った。
当時まだ15歳だったミリアリアには、彼女がどうしてそんな事を言うのかが全く理解出来なかった。
好きなひとと結婚したなら絶対に幸せになれる筈じゃないか。どうしてこのひとはそんな事を言うのだろう。そのときは真面目にそう思ったミリアリアだったが、やがて耳にした近所の噂や、両親の話からすると彼女は淫乱で男好きな悪女として有名な存在であったようだ。
ある日、トールと映画を観る約束をして家の前で待っていると、ヒソヒソとした会話が聞こえてきた。
「18歳の学生を誑かしたらしいわよ・・・」
「やあねえ・・・あのひともう26になるんでしょう?7歳も年下の男に入れあげるなんてバカじゃないの?」
「・・・そうよねえ!まったく恥知らずにも程があるわよねえ〜」
「あ、ほら、噂をすれば何とやらよ。ご当人のお出まし!」
隣の家の玄関が開いて背の高いとても綺麗な男の人が外に出てきた。、後から彼女が玄関のドアに鍵を掛ける。
周囲に軽く会釈をしたのち、二人は市街地に向かって歩き出した。
「さすがに並んでは歩けないみたいじゃない?」
「当たり前じゃない!ただでさえ7つも年下なのに、相手があれだけいい男じゃ自分の歳が恥ずかしいわよ」
「本当!でもさあ、よくあんないい男誑かしたって思わない?」
「や〜だ!決まってるじゃない?アッチのほうで夢中にさせたのよきっと!」
「ウフフフ・・・」
下世話な噂話に内心不快感を示しながらも、ミリアリアは黙って二人が歩いていった方角を見つめる。
恋人同士だというのに彼から2メートルもの距離を取って、決して近づこうとしなかった彼女の後姿がとても小さく感じられた。
蒼い眼の彼女
二度に亘るナチュラルとコーディネイターの大戦も終結して三年の月日が流れた。
表向きは平和に見える世界なのに、現実は違う。
ナチュラル側もコーディネイター側も無数の人間が屍と化した。
愛する家族を戦争で失った者。果ては殺された者。いくら口で平和を、そして共存を唱えても憎しみの連鎖が無くなる訳がない。
戦争の愚かさ、何よりも残酷さというものを最前線で体験しているミリアリアは再びジャーナリストとして生きる道を選んだ。
『振っちゃった』筈のコーディネイターの男、ディアッカ・エルスマンとも再会し、多忙な中でもそれなりに逢瀬を重ねてきた。
逢えない時間が長ければ長いほど、交わした語らいは濃密なものになり、快感を伴う行為は幸せを具象化するものになった。
ジャーナリストは常に危険と隣り合わせの職業である。命あって再び彼に逢える喜びは平和な時よりも一層深く心に沁みた。
以前は軍規違反で銃殺寸前にまでなったディアッカだが、先の大戦では逆にその功を認められ、自らも白服の司令官職に赴いた。
プラント評議会に帰国を要請されたラクス・クラインの側近として、新たな任に就く親友イザーク・ジュールの後任となった形である。
「あんたみたいなおチャラけた奴に司令官職なんて勤まるの〜?」
底意地悪げにミリアリアはディアッカに訊いたものだ。
「やだね〜!その言い方!これでも元はれっきとした赤服よ?オレ。あの短気で強情なイザークに務まってオレに務まらない訳がないだろう?」
「どうだか!万年自意識過剰のあんただもの!怪しいもんだわよっ」
「ったくおまえは逢う度にオレに突っ掛かってくるんじゃないの?これでも一応は昇進なんだからさあ『おめでとう』のひと言くらい言ってほしいもんだよね」
「おめでとう・・・」
「・・・・・・」
今思えば、終戦直後にふたりでこんな会話をしていた頃が一番幸せだったのかもしれない。
**********
「車から降りて手を上げろっ!」
(・・・・・・)
迂闊だった。こんな所でテロリストに襲撃されるとはミリアリアですら看過し得なかった。
数日前、「北大西洋平和親善視察団」という正式な名称を有するこの団体から同行の取材許可を求められた時、ミリアリアの属する「オーブジャーナリスト・アソシエイション」はいっともあっさりと同行する許可を下した。
ミリアリアは「もっと相手の素性なり詳しく調べた方がいいのでは」と主張したのだが、相手が持参し、提示してきた滞在費用の巨額さに上層部は目が眩んだのだ。しかも同行先は「北大西洋連邦の大都市ワシントン」だったので、まさか・・・という油断があった。
それに「北大西洋平和親善視察団」は実在する平和団体で、ミリアリア自身も何度か取材をした事があった。
つまりはそこに彼らから付け込まれる隙が生じたのだろう。どこからともなく飛び出してきた男たちにあっという間に囲まれたかと思うと、ミリアリアたちと同行していた連中もいきなり銃口を向けたのだ。
「おい!そこの女!とっとと車から降りろっ!聞こえなかったのかっ!」
銃を突きつけられてはもうどうにもならない。しかも自分達の仲間は僅か五人に対し、相手方は十人以上もいる。
銃口の冷たさを意識して、ミリアリアは相手の言うがままに車から降りると、今しがたまで乗っていたその車は轟音と共に鉄くずになった。
「俺たちは北大西洋共同戦線だ。コーディネイターとの融合など断じて許さない!貴様らはジャーナリストとしてコーディネイターとの共存だの平和だの、お気楽な事を報じているが・・・コーディネイターは人間じゃない!バケモノじゃないかっ!あんなものが闊歩している世界など俺たちは断じて認めない・・・!
そこでだ。中立派などと自らを都合良く称し、ジャーナリズムの一端に寄生しているおまえら「オーブジャーナリスト・アソシエイション」にはここで俺たちの役に立ってもらおうと思う。
「まず、身分証を!そう。首からブラ提げているその通行証をこっちに見せろっ」
銃口を突きつけた男とは別の者が丹念に通行証を読み取っていく。
ミリアリアの隣で怯えていた女が強引に腕を引かれた。
「この女はコーディネイターだ!」
「こっちの男もコーディネイターだな」
「そっちの三人は?」
「センサーで身分証を読み取ってみたが、こいつらはナチュラルに間違いない」
「そうか。コーディネイターには用が無い。殺れ」
「ひ・・・い・・・嫌だ!殺さないでくれっ!」
コーディネイターと看過された男が必死の形相で命乞いをする。
しかし「見苦しい!」とひと言浴びせられた後、彼の身体は一発の銃弾の前に崩れ落ちた。
「い・・・いやああっ〜!」
コーディネイターの女は自らにも訪れる死を連想したのだろう。恐怖を顔一面に湛え、思わず逃げ出そうとした。
「待ちな!」
銃を構えた男が女の髪を掴み上げると自分の腕に彼女を捕らえる。
「女には別の用事とお愉しみがあるんだよ」
下卑た笑いを口の端にのせて、男は草陰に女を引きずり込んでいった。
ジャーナリストは一般に中立を保つ立場の人間である。余程の事が無い限り、拘束されても命は保たれると世界各国の条例、条約にも明記されているはずのそれはこんな場合はいとも容易く放棄される。もう何度もこの眼で見てきた事だ。
「この三人はどうする?このままにしておく訳にもいかないだろう・・・」
集団の中の比較的年長者がリーダーらしき男に尋ねた。
「暴れられても面倒だから薬を嗅がせて眠らせておけ」
ミリアリアの顔が恐怖に歪むのを楽しみながら男は手にした催眠ガスを彼女に向かって吹きかける。
(あ・・・)
・・・そして・・・ミリアリアにはそこから後の記憶がない。
───同時刻、ここはオーブ連合首長国。
「北大西洋共同戦線」と名乗る旧ロゴスの残党から「オーブジャーナリスト・アソシエイション」に属するジャーナリストを誘拐、拘束しているという第一報が入る。要求は三年前に政治犯として捕らえられた幹部の釈放と莫大な身代金。これらの要求に応じないとジャーナリストの命は保障しないと通告して来たのだ。国家代表首長であるカガリにもたらされた報告では人質は五人、うち二人はコーディネイターの男女。そして拘束されているメンバーの顔写真と経歴を見たカガリの眼が・・・一点に釘付けになった。
「ミリアリア!」
そこに掲載されていた写真は紛れも無くかつて一緒に戦った友の顔である。
「カガリさま・・・」
「キサカ・・・」
カガリの傍に控えていた浅黒い肌の大柄な軍人が事の顛末を詳細に語り、説明した。
「『北大西洋共同戦線』ですが、最近では専らテロ行為によって自分達の活路を開いている様子です。旧ロゴスの残党であるだけに、反コーディネイターの急先鋒といってもいいでしょう。実は現場にはもう既に男女二名が遺体となって発見されております。両名とも・・・コーディネイターでした・・・」
「もう犠牲者が出ているのかっ・・・」
「事は緊急を要します。プラント側にしてもこの件では北大西洋連邦に抗議と釈明を求めるでしょう」
「それはまずいっ!時間が経てばナチュラルとコーディネイター間の感情がまたおかしくなるじゃないかっ」
ようやく地球とプラントの間にも平和な時間が戻りつつあるこの大事な時に事を荒立てるような真似はしたくない。
「はい。それに現在拘束されているのは中立国である我がオーブのジャーナリストです。速やかにテロ組織を壊滅させ、拘束されているジャーナリストの解放に動くべきだと考えます」
事務的に淡々と事を述べるキサカの顔を苦々しく睨み付けるカガリだが、事件は北大西洋連邦で起こっている以上、オーブから軍を使っての介入は出来ない。何かよい方法はないか。
思案に暮れるカガリの元に、そのとき一本の緊急回線から通信が届いた。
「カガリさま!プラントのラクス・クライン議長より直接回線が繋がっています。すぐにそちらに回します!」
緊急回線の画面がオーブ軍の通信兵の顔から懐かしいラクスの顔に切り替わる。
「カガリさん・・・」
しっとりとした優しい声が流れる。
「カガリさん、暫くでした。『北大西洋共同戦線』の事件は私の所にも詳細が伝えられています。今回はオーブと云えど、軽々しくは動けませんね」
およそどんな時にも冷静さを失わないラクスはやはり豪胆な政治感覚を持つ存在だ。
「そのとおりなんだ、ラクス。奴らの要求している政治犯の釈放だが、政治犯の身柄がオーブに拘束されている以上下手に動き回る事が出来ない。オーブの動揺する隙をついてここでもテロが起こりかねない・・・」
「ええ、そうですわね。テロの連鎖行動だけはなんとしても阻止しなければなりません」
「プラントの方ははどうなんだ?ラクス」
「・・・既にコーディネイターが二名殺害されています。即刻対処せよ!と国防委員会の動きが活発化しています。今はイザークがなんとかそれを抑えていますがそれも時間の問題でしょう」
「・・・・・・」
「ですのでカガリさん。今からわたくしが伝えることにどうぞ力を貸してください。こういう言い方は不謹慎ですが、幸いカーペンタリア基地に対テロリストに有効な最高の部隊が駐屯しています。二ヶ月後の国際会議の為に派遣された精鋭の部隊ですから、隠密に事が運べるでしょう」
「ザフトの精鋭部隊・・・でもいいのかラクス。そんな部隊を派遣するとなると北大西洋連邦も黙っちゃいないだろう?」
カガリの顔に憂色が走る。
「いいえ。事を荒立てたくないのはあちらも同じです。北大西洋連邦と云えど、もう既に往時の力はありません。テロリストを抱え込むのはかの国にも得策では無い筈です。現にテロリストの捕獲についてザフトに打診していますから、こちらの要求は殆ど呑むと思われます」
「・・・すまない。そちらの部隊の力をお借りする。その代わり協力は惜しまない。必要な事は私の名をもって対処する・・・」
「はい。是非ともお願い致しますわ。ナチュラルにとってもコーディネイターにとっても解決するには中立を守るオーブの力が不可欠です」
ラクスの落ち着いた態度にカガリも大きく息をついた。
「で・・・その精鋭部隊だが、オーブから私の署名を入れた通行証と滞在許可証を発行するので部隊長、及び部隊構成員の名簿と顔写真を暗号化して送ってくれ。空港や基地の施設に通達しておく。そうだ、部隊長の名前だけでも今聞いていいか?」
それを聞いてラクスが華やかな笑みを見せた。
「実戦経験、実務能力、どれを見ても最高の人材ですわ。今回は特に・・・」
「ラクス・・・?」
「じらすのは止しましょう。派遣される精鋭部隊の部隊長は『ディアッカ・エルスマン』副長は『シホ・ハーネンフース』よろしいですね?」
それを聞いたカガリの顔にみるみる赤みが戻ってゆく。
「・・・最高の人材だ!なるほど・・・今回は特に・・・」
「ミリアリアさんがいますものね」
ラクスはそっと眼を閉じた。
「ではラクス!直ちにディアッカたちを派遣してくれ!オノゴロには私も出向く」
「もうそちらに向かわせています。まもなくオーブの領海に到達するでしょう」
「手回しがいいな!」
「はい。事が事ですから全てをディアッカに委ねましょう。何かありましたらご連絡いたしますわ」
「ああ。ありがとうラクス。ここで通信を切らせてもらうが、後でいい結果を報告したい」
「それでは失礼いたしますわ」
「ああ!」
回線を置いたカガリはキサカを仰ぎ見ると、オノゴロに向かう準備を指示する。自らも軍服に着替えようと立ち上がったときにオノゴロの軍港から通信が届いた。
「カガリ様!ザフト軍ターペンタリア基地配属特務部隊、ディアッカ・エルスマン指令長官よりカガリ様に通信が入っております。繋ぎますか?」
「ああ!こっちによこしてくれ、」
スイッチを切り替えると精悍な美丈夫の姿が映し出される。
「オーブ連合首長国代表首長カガリ・ユラ・アスハさまでいらっしゃいますね!ザフト軍カーペンタリア基地所属特務部隊所属司令長官のディアッカ・エルスマンです。特務部隊入港の件はプラント評議会議長ラクス・クラインより連絡があったと思いますが、このままオノゴロに入港する許可をいただきたい」
モニターに映し出された男は緊張感のカケラもないほどに飄々としており、正式な報告にもかかわらずカガリに向かってパチンとウインクを投げた。
「・・・相変わらずだなディアッカ。おまえを見ていると深刻になるのがバカらしくなってくるぞ!」
カガリは大きく溜息をつくと、事の詳細をディアッカに述べる。
「・・・なので一刻も早く拘束されている3人を助け出して欲しい!オーブからも支援するので必要なものを云ってくれ」
「・・・特に無いが、通信衛星からの映像は逐一こちらに送信してもらいたい」
「わかった。早急に手配する」
「あ〜あ姫さん!最高権力者がそんな辛気臭い顔してちゃダメだろう?あんた一国の主なんだから〜」
「おまえがのん気過ぎるんだ!拘束者の中にミリアリアもいるんだぞっ!」
それに対してのディアッカの返事がちょっと遅れた。
「・・・・・・ああ。解っているよ・・・」
口の端を歪めてクククと笑う仕草はほんの一瞬だけ見せた深刻な表情を総て打ち消し、敬礼を返して通信は切られた。
プラントからはラクスが、オーブからはカガリが、そして実働部隊としてはディアッカがそれぞれの指揮を執る
間もなく夜が明ける。
それぞれの思惑を乗せて拘束されたジャーナリストたちの救出作戦が今まさに始まろうとしていた。
(2006.3.3) 空
※ マ広さん、お待たせいたしました。キリリクの『戦後も報道を続けていたミリアリアが仕事中妊娠が影響で倒れる、
または”妊娠中事件に巻き込まれる”という内容で。ちなみにディアッカはミリアリアの妊娠を知らないという感じで』
をお届けします。
2つのうちから後の『妊娠中事件に巻き込まれる』の方を書かせていただきました。例によって説明が長くなってしまい、
この後の続編は2話になるかもしれません。
いかにも私らしいかなり重めの展開です。でも、障害を乗り越えての「ディアミリ」なので重いですが、どうぞお付き合いください
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