散散な1日だった。
ディアッカが預かっている(というより返してくれない)プレート返却の交換条件。
それは『オレの彼女になって・・・』などというとんでもないことだった。
『じゃ・・・この日のこの時間、ここに来てもらっていい?』
言われるままに来てみればそこは上流階級御用達の一流ホテル『ドミニオン』
「すみません・・・『オクトーベルの間』ってどちらになりますか・・・?」
ディアッカの指示通りに部屋の名を告げると、応対に出たフロントマンがいかにも胡散臭げにミリアリアを眺めやる。
「申し訳ございませんがお客さま。オクトーベルの間は只今ご商談中でございます。お引取り願えますか?」
「でも・・・私、ディアッカ・エルスマンさんからここに来るように言われたんです!お願いですから通していただけませんか?」
「エルスマン!」
その名が出た途端、フロントマンの態度が軟化してミリアリアを驚かせる。だが。
「ですがお客さま・・・本日はどのようなご用件でもお帰りいただくよう申し遣っております」
その返事を聞いてミリアリアは内心で舌打ちをした。冗談じゃない。『オクトーベルの間』に行かなければプレートは返してもらえない。
「失礼します!」
ひと言告げてミリアリアは走り出した。指定された時刻まであと10分もない。
(急がなくちゃ・・・!)
「お待ちくださいお客さま!」
その声に振り向くとミリアリアはギョッとして更に走るスピードを上げた。
(どうなってるのよ〜っ!)
なんと自分の後ろから数人のホテルマンが追いかけてくるではないか。
もう・・・あいつはいったい私にどうしろっていうのよ・・・!
あの星空の向こうに行かせて・・・(4)
───ここだ・・・!オクトーベルの間!
ミリアリアはドアを激しく叩いた。
「ディアッカ!そこにいるんでしょう!ここを開けて!」
そう叫ぶミリアリアの肩を誰かが掴んだ。「お客さま!困ります!」それは無慈悲なホテルマンの手。
「何するのよ!放してよ!」ミリアリアとホテルマンはドアの外でもみ合いになった。
「どうしたんです・・・?」
声と共にいきなりドアが開いた。
その時の光景をミリアリアはきっと一生忘れないだろう。
花という花で埋め尽くされた贅沢な部屋に、大きくとも瀟洒なテーブル、そしてそこに座っている男女。
その中のひとりが激しい音をたてて立ち上がった。
「ミリアリア・・・!」
叫びながら近づいてくるその人物を見てミリアリアは絶句してしまった。
(なんなのこいつのこの格好!)
それは上品なアイボリーのスーツを身にまとういつもとは別人の『ディアッカ・エルスマン』の姿。
そして、ミリアリアは彼と眼が合った瞬間、彼の口元がクククと歪むのを目撃するにつけ・・・。
『オレの恋人になって・・・』の意味を明確に悟った。
(ここって・・・『お見合いの席』なんだわっ!!!!!!)
ミリアリアが身を翻して逃げようとするのをディアッカの腕が引き止める。
「ああミリアリア・・・!これは違うんだ!」
「違うもなにもこれはお見合いじゃないの!どうしてこんなこと黙っていたのよっ」
「ちゃんと断るつもりだったんだ!だってオレにはおまえしかいない・・・」
「そんなこと言ってるんじゃないわっ!私はどうすれば・・・」そう言いかけてミリアリアは口を塞がれた。
「もう・・・何も言わないでいい。愛してるミリアリア・・・」
万感の想いを込めて(?)ディアッカはミリアリアを強く抱きしめた。
耳元で囁かれる甘い声は(オマエ・・・絶妙のタイミングじゃんよ)などという不謹慎極まりないもので、ミリアリアは思わずディアッカの足を強く踏みつけた。
「なんできちんと前もって説明してくれなかったの!そうすればこんな・・・」
「こんなことは絶対しなかった・・・だろ?」
(でもそれじゃオレが困るのさ。この場をブチ壊してもらわないとさあ・・・)ディアッカは小声で言った。
「ディアッカっ!」つい険しくなるミリアリアの視線を受けてディアッカは悠然と微笑み返す。
「ああ・・・誰よりも愛しているよミリアリア・・・!」
そう言ってディアッカは自らの唇をミリアリアのそれに重ねた・・・。
もうこれは誰がどう見ても立派なラブシーンで、先ほどの会話も実にリアル。
それはあたりまえ。だって本当に言い争っていたのだから・・・。
唇を解放したディアッカの肩が激しく震えていた。
ミリアリアの肩に顎を乗せて、傍から見るとむせび泣くような仕草なのだが・・・。
(こいつ・・・笑っている!)
お見合いの席を壊すために利用された自分がとても哀れに思えるミリアリアだった・・・。
**********
いや〜もう最高だったよなあ・・・!おまえ女優になれるって。
───ここはディセンベルの丘。
昨日の『お見合いブチ壊し事件』はもう学園中に広く知れ渡っていた。
「ディアッカの恋人」と認知されたミリアリアに対し、周囲の態度がまたも激変したのには唖然とした。
大切なプレートを握られているからって・・・こいつの見合いをブチ壊す手伝いなんかするんじゃなかった・・・とミリアリアは思う。結果論に過ぎないのは解ってはいるが。
夜を迎える空は高い。
ミリアリアは丘の芝生に腰を下ろして空を眺めていた・・・。
傍らにはディアッカの姿もある。
「あの夜も星が綺麗だったんだってな・・・」
いつの間にか高くなった空を見上げてディアッカは静かに呟いた。
その声にミリアリアはピクッと身体を震わせる。
「このプレートの男っておまえの恋人だったんだろう?トール・ケーニヒっていう・・・」
「あんた・・・なんでそんなことまで知ってるの?」
ミリアリアはディアッカの言葉に息を詰めた。
「企業秘密。ま、オレもこのテのツテは持ってるからな・・・」
それに対してのミリアリアの返答はごく簡単に「そうよ」とだけだったのだが、その後に続く言葉を受けて、ディアッカは黙りこくってしまう。
夜空の彼方を見つめ、ミリアリアは大きな溜息をつく。
「旅行の3日前にねえ・・・彼と大喧嘩をしたのよ。新しい彼女ができたって噂を聞いて問い詰めたの。そうしたらそれは本当だった。親の薦めるお見合いをしてすっかり意気投合したらしいわ。婚約が決まってそれで・・・2学期からその彼女がいる全寮制の学校に編入することになって私とはこれきりにしたいって言ってきたのよ。
『プラント・アプリリウス学園の2年生』のお金持ちのお嬢様で、自分もこれでステータスだって。バカみたいよねえ。別れる別れないで大喧嘩して・・・飛行機に乗ってそれきりトールは帰ってこなかったの。私ねえ・・・修学旅行なんて行きたくなくて・・・仮病を使って休んだの。その結果こうしてただひとり生き残ってしまったわ。親友も友達も先生も・・・みんなあの星空の向こうに行ったきりになっちゃってさ、私も・・・みんなと一緒に行っていたら・・・こんな思いをしなくて済んだのかなって考えちゃうともう眠れない日がずっと続いたの。トールともきちんと別れていたらこんなに引きずることもなかったかなって、でも・・・それは今だから言えることなのよね・・・」
「・・・・・・」
「転校して来たのはせめてトールが行く筈だったところを見て・・・思い出に浸って過ごしたかったっからなのよ。それに婚約者ってひとも見てみたかったしね・・・なのにこっちに来て私ビックリしちゃったわ!トールと婚約した彼女にはもう別の婚約者がいたんだもの!悲劇のヒロイン気どりで慰めてくれる男がたくさんいたみたいよね」
「・・・・・・」
結局彼女にとってトールってなんだったのかなあ。お金持ちのお嬢さんの気まぐれだったなんて思いたくないけれど・・・」
「・・・・・・」
「私はそんな彼女に負けたのよね・・・くやしいけれど!」
ミリアリアは立ち上がるとスカートに付いた草を払い除ける。
「ごめんね。愚痴を盛大に聞かせちゃったわね。でも、あんたの恋人の振りはしたんだからもういいでしょう?だからそのプレート・・・私に返して・・・」
そんなミリアリアの言葉にディアッカはただ黙ったまま彼女を見つめている。
「お願いだから・・・それはトールがくれた唯ひとつの形見なんだから・・・」
「・・・返して・・・」
自分を見上げるミリアリアの瞳に大粒の涙が浮かんでいるのを見てディアッカはその細い腰を引き寄せると、その身を強く抱きこんだ。
ニコルが言ったとおり、彼女はディアッカがからかっていいような相手ではなかった。
「そんな・・・薄情な男なんか忘れちまえよ!おまえまだ16歳だろ?これからいろいろ楽しいことだって経験するんじゃないのかよ!だっておまえ・・・泣けなかったんだろ?ずっと我慢していたんだろ?」
ディアッカの腕の力はますます強くなり、小柄なミリアリアを自分の胸に深く沈み込ませると、身体の震えとともにくぐもった嗚咽が伝わってきて、なお一層ディアッカのことを切なくさせた。
「オレしかいないから・・・誰も聞いていないから・・・我慢なんかしなくていいんだから・・・」
その声に弾かれるように、ミリアリアは声を上げて泣き出した・・・。
**********
やがて・・・ミリアリアが泣き疲れて穏やかな寝息を立て始めた頃、カサカサと草を踏み分ける音と共に数人の人影がディアッカの前に現れた。
「なんの用だ・・・?」
ディアッカの声に人影が返事をする。
「まったく遅いと思って来てみれば貴様は女と逢引か・・・!」
「イザーク先輩・・・まあそう言わないでください。ディアッカ先輩が珍しくまともな女性と一緒にいるんですから」
「口が過ぎるぞニコル。でもまあ確かにそれは言えてるな。ディアッカ先輩?」
「ってアスラン。オマエも随分なこと言ってくれるじゃんよ?生徒会役員が全てお揃いだなんて・・・余程オレが心配だったのか?」
「い〜や!誰もおまえの心配なんかしていないさ?そこにいるミリアリアの身がキケンなんだ!それに・・・私とおまえとの見合いをブチ壊してくれた礼も言いたかったし・・・」
「カガリの言うとおりですわ。ディアッカ?見事にお見合いは流れてしまったそうですわね」
「おや珍しい・・・ラクスもいたのかよ!」
「当然ですわ。わたくしはマティウス女子寮の寮長ですもの。で、ミリアリアさんは急病ということで舎監のバジルール先生にお伝えすればよろしいですわね?」
「さんきゅ!恩にきるよ!まあバジルールのオバサンだって、こいつはオレ・・・ディアッカ・エルスマンの婚約者になったんだからいずれはここの理事長夫人になるって計算も働くだろうがな・・・」
「貴様が次期理事長だなんて世も末だなまったく」とのイザークの言葉に。
「でも・・・そのお蔭で僕達は好き勝手が出来るんですから感謝しないといけませんよね・・・」と、ニコルの声。
その声に全員がクスクスと笑いだした。
「ところで彼女をどうするんだ?貴様の恋人で・・・しかも婚約してるって尾ひれがついているようだが」
「ああ・・・ちょうどいいからその噂は最大限利用させて貰うことにするよ。上流のお嬢サマは性に合わなくてゴメンだしな」
「あれ・・・?ディアッカ先輩。もしかして彼女に本気になったのですか?」
「うるせ〜っつ〜の!」
「本当に先輩は素直じゃないんですから・・・」
「・・・とっととそこから下がれよなおまえら!」
「はいはい。それじゃ邪魔者は退散いたしましょう。でも先輩?まだ鬼畜になってはいけませんからね・・・」
「・・・殴るぞ・・・」
「もう・・・先輩ゆとりがないんですねえ・・・。ダメですよ!そんなんじゃ彼女に逃げられますよ?」
「さっさと帰れよなニコル」
「はい。じゃ、風邪引かないように毛布でも被っていてくださいね」
「余計なお世話だよっ!蹴飛ばすぞ!」
おおこわ・・・の声を残して生徒会役員の面々はディアッカの元を辞した。
ミリアリアはディアッカに身を預けたまま、すやすやと眠り続けている。
ニコルが差し出した毛布に彼女を包むとディアッカは膝の上に彼女を乗せた。
今日も星が綺麗だとディアッカは思う。
『みんな・・・あの星空の向こうに行ったきり・・・』
───行っちまったもんは仕方ないさ・・・。
だが・・・おまえまで行く必要は無いだろうって。
おまえの時間はまだ始まったばかりだもんな・・・。
これから先のことなどディアッカには解りようもないが、それでも彼女と一緒ならそれも楽しそうだ。
ま、先のことはこいつと一緒に考えよう。 こいつとの恋人ごっこも悪くない。
せっかくの人生楽しまなけりゃ損だって!
───とまあ。こんな調子でふたりのお話は始まったのだけれど、この続きはまたどこかできっと・・・。
(2005.9.20) 空
※nikoさま・・・長らくおまたせしてすみませんでした。いただいたリクとはかなりかけ離れてしまったです。
私が学生だったのは遥か昔なのでちょっと懐かしい・・・。
リクエストの「花より○子」というよりは「有閑倶○部」と「CLA○P学園探偵局」をたしてテキトーに割ったような話ですよね。
申し訳ございませんでした<(_ _)>
キリバンリクエストへ 妄想駄文へ 所詮・・・恋など!へ