ミリアリアとディアッカが出逢った場所は通称『ディセンベルの丘』と呼ばれている。
校舎を見下ろす位置にあり、反対側に回れば校舎からは完全な死角となる。
上流階級出身の学生達は疲れる事や汚れる事を嫌がるため、ここに足を運ぶ者は極めて稀だ。
あの星空の向こうに行かせて・・・(2)
ミリアリアがプラント・アプリリウス学園に転校してきて一週間が過ぎた。
転校生ということで、最初は寄ってきたクラスメイトも彼女が一般家庭の出だと判ると利用価値がないとばかりに態度を硬化させた。
所詮金持ちの考えていることなんて理解できない。金銭感覚も生活水準も彼女とは違う世界の住人たち。
ミリアリアは放課後になると毎日『ディセンベルの丘』からひとり空を眺めている。
クラスでは彼女ひとりが蚊帳の外といった状態なのに別に気にしている様子もない。
ただぼんやりと過ぎていく時間が心地よいとさえ思える自分。
こうして毎日が繰り返されればやがて誰もが自分を忘れてくれる。それでいいとミリアリアは思う。
(うわ・・・ぁ・・・・!)
今日の夕日は格別に鮮やかでその茜空の彼方に海も見える。
この学園に期待するものなんて何もなかったミリアリアだが、ここから見上げる空の美しさだけはとても気に入っていた。
(こんなに綺麗なのに誰も来ないなんて勿体無いわよね・・・)
夕闇は刻々と色を変えて、やがて天然のプラネタリウムが空いっぱいに広がり始めると、ミリアリアは草地に寝転び仰向けになった。
そっと眼を閉じて胸の上で手を組む。
校舎から鐘の音が響き渡る。夕食の時間なのだろう。これから二時間以内に夕食を済ませればいいのだが、この時間は学生達の中でも一番権力のある者が優先で、ミリアリアのような身分違いの新参者は一番最後にひっそりと行くのが望ましいのだ。
そして静かに眼を開けると、僅かの時間で空は満点の星空になっていた。
ミリアリアは組んでいた手を離し、星空に向かって腕を広げる。
そうすれば星が掴めそうなそんな気がした・・・。
**********
「おやおや・・・これは熱烈な歓迎を!嬉しくなっちゃうねえ?オレ」
(・・・・・・!)
ミリアリアは慌てて周囲を見回しその身体を起こそうしたのだが・・・。
(え・・・動かない・・・!)
いつの間にかミリアリアの頭の上側に誰かが座り込んでいたのだ。
両肩を押さえつけられて身動きが取れない。
雲の切れ間から月明かりが覗くとその人物の姿を照らす。
夜目にも映えるその秀麗な顔立ちは・・・。
「なんであんたが・・・!?」
ミリアリアの両肩を押さえつけているのはなんと例の男、ディアッカ・エルスマンだったのだ。
「無用心だねえ。こんな所にひとりでいるなんてさあ?襲ってくださいと言わんばかりじゃない!あ、もしかして最初からそのつもりだったのかな?」
そんなわけないじゃないの!ミリアリアは必死で上体を起こそうとするもののビクともしない。
それにしても、この男は一体いつからここにいたのだろう。人の気配なんて全く感じられなかったのに。
そうしているうちにディアッカの顔が降りて来てミリアリアは懸命身をよじる。
「やだ・・・!放して!」
冗談じゃない。ついこの間、ミリアリアはこの男に強引にキスをされたばかりではないか!
これ以上何かされたらと思えば今は逃げる事を考えなければいけない。とにかくやみくもに彼女は暴れた。
「・・・!痛!・・・!」
何かの拍子に彼女の手がディアッカの額を強く引っ掻いた。
ディアッカが唸り声をあげる。
「・・・ずいぶんな事してくれんじゃね〜か!え?お嬢サン?オレのこと本気で怒らせたいのかよ!」
隙をみてミリアリアは走り出すも、その腕をディアッカに掴まれた。
「今度は手加減しない・・・」
凶暴な光がその双眸に宿る。
「オレのキレイな顔に傷を付けたお返しをさせてもらおうか・・・」
ディアッカはクククと笑ってポケットから何かを取り出した。
薄暗い星空の下ではそれが何なのかよく判らなかったが一見ナイフの様に見えた。
それをミリアリアの喉元に突きつける。
恐怖のあまりミリアリアの身体は小刻みに震え、その振動はディアッカの身体に心地よく伝わる。
「オレが怖い?」
ミリアリアの耳元を艶のある声が掠める。不思議な感覚だった。
しっとりとした声は身体中を駆け巡ると急速にその力を奪ってゆく・・・。
(そうだ・・・あの時も・・・)
ディアッカの声には不思議な魅力があった。
こんな色気のある艶やかな声で囁かれたら大概の女は腰砕けになるのではないか・・・。
そう思わせるような響きがあるのだ。
「な〜んちゃって!オレはそんな凶暴な男じゃないっつ〜の!」
ミリアリアを掴んでいた手を緩め、喉元に付き付けていたもの(どうやらそれはペンだったようだ)を収めるとディアッカはミリアリアの頬にひとつキスを落とした。
(なんで・・・どうして・・・)
その行為の以外さにミリアリアは相手の顔を見上げる。
やはり美しい顔だな・・・などとこの場に相応しくない感想を持った。
「ほら、夕飯まだなんだろう?もう行っていいぜ?」
今までの態度は何だったのか、まるっきり正反対の豹変ぶりにミリアリアは首を傾げる。
「あ・・・その・・・おでこに傷付けてごめんなさい」
我に返ったミリアリアはそれだけを言うと足早にディアッカの元から立ち去った。
**********
ディセンベルの丘はディアッカのテリトリーだ。
この丘にある小高い樹の上でいつも惰眠をむさぼっているのだが、ここ一週間その樹の下で空を見上げているミリアリアを興味深く見詰めていたのだ。
ディアッカの位置からだとミリアリアの姿は見えるのだが、ミリアリアからではディアッカを見つけるのは難しい。
それに・・・まさかこんな所に人がいるなど、ミリアリアでなくても思い浮かばないだろう。
夕暮れになると毎日ここに来てはただ黙って空を眺めているミリアリア・・・。
最初はそれを不思議に思ったディアッカだったが、彼女の仕草に少しづつ理由らしきものが分かってきていた。
ここに来ると彼女は、まずポケットから小さなキーホルダーを取り出す。そしておもむろにその蓋を開ける。ハッキリと中までは見えなかったが何やら写真らしきものの様だ。
暫くそれを見ているのだが・・・やがてひっそりと泣き出した時はさすがのディアッカも息を詰めた。
どうやら星空とその写真らしきものは密接な関係があるらしかった。
ミリアリアが上流階級の出身ではなく一般の家庭の出だとはディアッカも噂で聞いていが、華やかな美しさこそないももの可憐で愛らしい姿は妙にディアッカの興味を惹いた。
まあ、そのうちディアッカの持つ影響力も知ることになるだろう。とりあえず今はこのまま様子を見ていることにして・・・。
(・・・・・・?)
ディアッカは足元で何か光るものが落ちているのを見つけた。
(何だ・・・?)
拾い上げてみると何やら銀製のプレートで小さな鍵が付いている。
(これは・・・あいつの・・・?)
パチンと蓋を開けてみると・・・そこにはミリアリアと穏やかな顔立ちの少年が写っていた。
(なるほどね・・・)
ディアッカはそのプレートを自分のポケットにしまい込むと何事も無かったかのように静かにその場を立ち去った。
(2005.9.12) 空
※ nikoさま、続きをお届けします。
さて・・・この拾った鍵をディアッカはどう使うのでしょうか・・・?
私だったら・・・ああしてこうして・・・ああ・・・妄想の海に溺れそう(バカ)
キリバンリクエストへ (3)へ 妄想駄文へ