やさしい音をあなたに・・・
ラクスさんに『ピアノ名品集』というディスクを貸してもらった。
解説文を読むと、短い練習曲やワルツに夜想曲・・・ずいぶん色々な曲があるものだ。
休憩室のPCにかけて再生すると、とてもやさしい音が流れてきてお茶のひと時を潤してくれるのが嬉しい。
ところで・・・AAの休憩室には、新しいのに妙に古めかしく感じられるピアノが置かれている。
昔から、船にはピアノやギターなどの楽器はセットで常備してあったというから、このピアノもそんな名残りで置かれているものかもしれない。
なんだかとても気になってピアノのカバーを開けてみると、象牙色と黒の鍵盤がとても綺麗で思わずポンポンと鳴らしてみたのだけれど・・・私はピアノなんて弾けないからここでおしまい。
それがとても残念だと思う。
(あ~・・・弾いてみたいんだけどなあ・・・)
ちょっと未練がましいのだけれど、AAでピアノを弾けるひとって誰かいないのかな・・・?
簡単な曲でいいから弾き方を教えてほしい。
でも弾けそうなひとって思い浮かばないのは、ここが戦艦の中だから?
私たちヘリオポリス組以外のひとってみんな職業軍人ばかりだし・・・。
ポンポン♪と鍵盤を叩いていたら・・・背後に誰かいる様な気配を感じてそっと後ろを振り向くと・・・。
「何やってんの?」と、声を掛けられた。
(うわ・・・最悪・・・)
そこにいたのは先日までAAの捕虜だったディアッカ・エルスマンという名前のザフトの軍人。
私はこいつが大の苦手。
理由は幾つかある。
コーディネイターなんだから当たり前なのだけれど・・・こいつは実に端整で華やかなのだ。
そりゃあ私もオーブ国籍だから、コーディネイターを見る機会は多かったのだけれど、でも!こいつ程綺麗な奴は・・・正直見たことがない。
明るい褐色の肌にクセのある金髪。少々タレ眼ではあるが宝石の様な紫色の瞳につけ睫かと思えるくらい長い睫・・・スラリとした長身でついでに手足も長いのだ。
ああ同じ人間だというのに・・・この『差』はあんまりだと思う。
黙っていればウットリものの美青年・・・そう!黙っていればの話だけれど・・・。
こんなに綺麗なのに口を開けば・・・出てくるわ出てくるわ・・・皮肉と毒舌と嫌味のオンパレード!
ウワサでは頭脳も極めて優秀らしく、ヘタに何か言いようものなら『三倍返しは覚悟しろ!』とはマードックさんから聞いた話。
そして・・・これがきっと最重要項目!
この男・・・!なんのかんのと理由をつけては私の傍によってくるのだ。
こっちは必死で避けているというのに、どういう訳だか先回りしてニヤニヤ笑っている。
まさかとは思うが私のどこかに探知機でも仕掛けられているんじゃないのかと疑いたくなってしまう。
ああ・・・お願いだから傍に来ないでほしい・・・。こんな綺麗な男は嫌だ・・・。
**********
「ああ・・・ピアノ弾いてたのかオマエ」
こっちの気も知らずにノンキな口調で言ってくれるわ・・・。
「弾いていたわけじゃないわ・・・私ピアノは弾けないもの」
「ふーん・・・そーなんだ?じゃあなんで鍵盤なんて叩いているんだよ・・・」
ほら始まった・・・。例の皮肉と毒舌と嫌味のオンパレード。
下手なことは言わないのが良策というもの。
「綺麗な曲があったんで・・・弾けたらいいなって思っただけよ。深い意味はないわ」
じゃ・・・もう行くわ・・・と言い残して立ち去ろうとしたら、いきなり腕を掴まれた。
「時間あるんだろ?いいから座れよ」
「え・・・?」
「弾いてみたいんだろ?ピアノ」
「あんた・・・ピアノ弾けるの・・・?」
「ま・・・一応」
「本当に・・・?」
思わず疑惑の眼を向ける。怪しい・・・。
「まったく信用ないのね~オレってばさ・・・ま、とにかく座ってみな?」
そう言うディアッカの手が私の肩に掛かり、そのまま椅子にストンと座らされた。
背後から両手を伸ばしてディアッカは私の手首ごと基本の型につかせると、今度は指を思い切り開かせた。
「まず1オクターブ・・・届きそうか?」
すぐ耳元で囁かれる声はとてもくすぐったく感じられて・・・え?ちょっと待って!・・・何なのこれは!
気がつくとディアッカの身体が私の背後から密着している状態で・・・体温まで伝わってくるじゃない!
「あんた・・・ちょっと離れてくれない?これって誰がどう見たってセクハラよ」
「え~?違うでしょ?」
ディアッカはクククと笑って反論するが、私からは離れない。
更にトンデモナイことを言った。
「セクハラってのはさあ・・・こ~いう状態のことを指すんだよ・・・」
「!*&☆▼〒●%□★→→→→→→→~!!!!」
背後から伸びていた腕が鍵盤を離れ、いきなり私を抱きすくめる。
その力の強さに私は息が止まりそうになった。
「おっと・・・!声は出さないでくれる?独房に逆戻りはゴメンだから・・・」
って・・・声なんか出せないわよ!こんなところ誰かに見られでもしたらオシマイじゃないのっ。
こいつ絶対確信犯だわっ!私が声を出さないってちゃんと解っている・・・!。
もう・・・どうしたらいいのか・・・誰か助けてお願いだから!
「ゴメンね?冗談キツかった?」
いけしゃあしゃあと言ってのけるこの神経の図太さ・・・!
必死に笑いを堪えて震えているのがよ~く解るわよ!
ようやく開放された私は思わずディアッカに平手打ちをするところだった。彼にその手を止められなければ・・・!
「あ~あ・・・もうゴメンって言ってるだろ?お願いだから機嫌直して?」
そう言ってディアッカは自らピアノの前に座るとポンポン鍵盤を叩いていく。
「オマエが綺麗だって言ってたのはこの曲だろ・・・?」
ディアッカは長い睫を伏せてそっと弾き始めた・・・。
「・・・・・・」
(すごい・・・!)
本当に驚いた・・・。「ま・・・一応」なんてそんなレベルじゃない・・・。
聞きほれてしまった・・・。
なんてやさしい音を出すのだろう。普段のディアッカからじゃとても想像出来ない。
音も綺麗だけれど・・・真剣な顔でピアノを弾くディアッカはもっと綺麗だった。
演奏が終わってディアッカは私の方に向き直った。
「どう?オレ上手いでしょう?」
癪だが・・・本当に上手かった。
「そうね・・・綺麗だったわよ」
「それだけ・・・?」
「それだけって・・・?」
「何かご褒美くれないの?」
「なんで・・・!元はと言えばあんたがセクハラしたのがいけないんじゃないのっ!」
「も~素直じゃないんだから・・・。じゃあ・・・オレからオマエにご褒美をあげるよ」
───CHU♡!
ディアッカはその長身を屈めて私の頬にキスをした・・・!
「セクハラされても声を出さなかったご褒美」
バチッとウインクをして何事も無かったかのようにディアッカは休憩室から出て行った・・・。
───そしてこの日から私は・・・
彼の半径五メートル以内には絶対に近寄らないと・・・固く心に誓ったのだった・・・。
(2005.8.9) 空
※ 大変お待たせ致しました!『ミリィにピアノを教える(?)ディアッカ』をお届けします・・・。
すいません・・・途中までは乙女ちっくにしようと思っていたのにディアッカが勝手に暴走して(嘘)
やっぱり『黒』はお約束ですね!
リクエストありがとうございました!
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