「お帰りなさいませ・・・」

ホテルのフロント従業員がディアッカを出迎えた。
ふと、横でバスタオルにくるまっているミリアリアに眼を止める。
「そちらのお嬢様は如何なさいました?随分と濡れていらっしゃるようですが?」
「ああ・・・ここで落ち逢うう事になっていた婚約者なんだけれど・・・はしゃぎすぎて波に足元をすくわれちゃってね・・・」
「左様でございますか・・・それは難儀な事でした。バスもランドリーもすぐにお使いいただけますから早くお部屋に」
「ありがと・・・」
ミリアリアの肩を抱いてディアッカは足早にフロントを後にした。






リトライ!・・・の続編






「あんた・・・いったいどういうつもりなのよ!ムチャクチャな通信文送って呼び出しておきながら1時間近く遅れるし、来たら来たで黒髪に黒いサングラス・・・紅いアロハなんか着ちゃってまるでチンピラじゃない!」

とてもじゃないが、普段のディアッカからは考えられない格好だ。これでも彼は着こなしが上手い。

「そう?結構似合ってると思うんだけれどねえ・・・」
鏡に自分の姿を映して細部までチェックをするディアッカを横目にミリアリアは『クシュン!』とひとつくしゃみをした。

「ほら!早くバスにつかって来いよ。・・・て、なんか前にもこんな事あったっけな・・・もう2年経つのか・・・」

懐かしそうに眼を細めてディアッカは過去の時間を振り返る。
前の大戦が終結してプラントに帰国する間際、ミリアリアと結ばれたのもこの地オノゴロだった。
あの当時はまさかこんな事態になるなんて予想もしていなかったので、困難でも幸せな未来を思い描けた。
なのに今の2人はどうだ?降格処分をくらったザフトの元エリートに戦場を駆け巡っていた休業中のジャーナリスト・・・。
戦いに身を投じる者と戦いを非難する者・・・。なんとも皮肉な2人の関係。

「自分の世界にトリップしちゃって何ボケッとしてるのよ・・・あたしだってまさかあんたとこんな形で再会するなんて思ってもみなかったわよ・・・」
ディアッカの視線を避けるかのようにミリアリアは窓へと顔を向ける。
2人の関係は終わった筈だ。少なくてもミリアリアはそのつもりだ。

「ま、とにかく身体温めて来いよ。話はそれからでもいいさ・・・」

「再会そうそう海に突き飛ばしたのはあんたじゃないの!」
自分が振ったオトコとホテルの一室で口論しているミリアリアはそんな自分がとても悲しくなる。

「はいはい・・・苦情はのちほど承りますって・・・」
クククと口元を上げてディアッカは笑う。
こんな男とこれ以上やり合っても無駄だと悟ってミリアリアはバスルームの住人となった。





**********





「ディアッカ・・・あんたも早くシャワー浴びたほうがいいわ・・・あたしはもう大丈夫だから・・・」
ミリアリアを海から引き上げたとき、ずぶ濡れになったのは彼も同じだ。

「ディアッカ・・・?」

どうしたものか返事が返ってこない。
不審に思ってあたりを見廻すと、ディアッカはソファーに身体を投げ出して眠っていた。
足元には紅いアロハと黒のアンダーが無造作に脱ぎ捨てられ、明るい褐色の肌もあらわでミリアリアはちょっと赤くなった。
額にかかる黒いクセ毛は、きっとこのほうが自然に近い筈なのにミリアリアは何故か強い違和感をもった。

(黒なんて・・・変よねえ)
そう思いしげしげと寝顔を見つめていると不意にディアッカが眼を開けた。

(・・・・・・!)

ミリアリアは思わず後ずさりをする。

「あんた・・・その眼・・・」

「あ?ああこれね?ルームサービスが来たんであわててカラーコンタクト入れたんだよ。オーブも今は地球連合だからな・・・素のナリじゃオレは一発でコーディネイターだって判っちまうだろ?」

なんとディアッカの綺麗な紫の瞳はいつの間にか黒い瞳に替わっていたのだ。

ディアッカの髪や眼が黒い理由。
コーディネイターを受け入れる国はもう地球上では殆ど無きに等しい。
ディアッカのようにひと目でコーディネイターだと判る容貌は変装しなければ外も歩けないのだろう・・・。

「でも・・・だからってこんな・・・」
ミリアリアはもうまともにディアッカを見ることが出来なかった。

「こんなの・・・」

黒く染められたディアッカの髪に手を伸ばしてミリアリアはいきなりクシャクシャと掻きむしった。

「な・・・!何するんだよ!」

「こんな髪・・・こんな眼の色・・・ディアッカじゃないわ!」

「黒はお気に召さない・・・?」
不意に柔らかい笑顔を見せる。値千金のディアッカの微笑だ。

「あたりまえよっ!あんたの髪は・・・超ド派手な金髪よ!無駄に豪奢なクセ毛だわっ!瞳だって・・・女優顔負けのラベンダーの紫じゃないの!」

褐色の肌に金髪、そして紫の瞳・・・。
自然から生まれ落ちるにはあまりにも不自然な珍しい配色。
なのにディアッカ・エルスマンの姿を構成するにはどれが欠けても成り立たない。

「だってどんなにぶっ飛んだ無茶苦茶な配色でも・・・それがあんたじゃないの!」

ミリアリアは悲しかった・・・。

2年前自分達は人類の存亡をかけて命がけで戦った。ナチュラルとコーディネイター・・・共に命ある人間同士が殺しあうのを止めるために
無我夢中で戦場に身を置いた。ディアッカはその際本当に命を落としかけたのだ。
それなのに・・・現状は何ひとつ変わらない。逆にナチュラルとコーディネイターの溝は深まるばかりで戦争の火蓋は再びきって落とされた。
ミリアリアはこんな未来を望んだのではない。互いに殺しあう事の無い世界であって欲しい。だからこそカメラマンの仕事を選んだのだ。
戦場がもたらす悲惨な現状を訴えるために眼の前にいる男の制止をも振り切ってまで取った道なのだ。
ディアッカが反対することは解っていた。反対する理由も解っていた。
AAに乗っていた時でさえ・・・いつも傍にいてはあれこれミリアリアの心配ばかりしていた男。そんな男が報道カメラマンになると言ったミリアリアをなんとか思い留まらせようと躍起になるのは当然だし、心の奥底では・・・そんなディアッカの想いがとても嬉しかった。
嬉しくて・・・でも同時に悲しくなった。
これから何をやるにしてもディアッカはミリアリアの心配をするだろう。ずっとずっと心配し続けるに違いない。
ディアッカにはもう・・・そんな思いをして欲しくは無い。だから・・・つい口が滑ってしまった。

『あたしのやる事にいちいち口出ししないでよっあんたとはもうこれっきりだからねっ!』

そして・・・本当にそれっきりになってしまった。以来、ディアッカからは一切音沙汰なしで、半年以上が経過していた。
自分で蒔いた種とはいえ・・・ミリアリアはどれほど後悔しただろう・・・。
離れれば離れるほど・・・日毎に募る喪失感はミリアリアを責めさいなむ。

もう一度逢いたかった・・・。もう一度艶やかな声が聞きたかった・・・。
それこそが紛れもないミリアリアの本音だった。




「おまえはちっとも変わってないな・・・」

ディアッカの言葉にミリアリアは俯いていた顔を上げる。

「おまえはオレをちゃんと見ている・・・。ナチュラルとかコーディネイターだとかいう以前に・・・オレが『ディアッカ・エルスマン』という人間だと認めてくれている。どんな時でもそれは変わらない・・・」

「だから・・・半年以上なんの連絡もしなかった。おまえのやりたいようにさせたかったんだよ。オレが心配ばかりしてると・・・おまえはがんじがらめになって動けなくなっちまうもんな・・・」

(ディアッカ・・・)

ミリアリアの思惑なんて何もかもディアッカにはお見通しだった。
承知の上で何の連絡もしてこなかったのだと・・・それがミリアリアへの最高の思いやりだったのだと・・・やっと今ミリアリアは理解したのだ。

「でも・・・ずっと逢わないでいたら忘れられちゃうとは思わなかったの?」
それはミリアリアの素朴な疑問。距離と時間は忘却のスピードを加速させるものだ。

それを受けてディアッカは狡猾な笑みをもらした。

「おまえがオレを忘れるはずはないさ。だって今もさあ・・・こうして逢いに来てくれただろ?」
口の端を上げてクククとこれもいつもの皮肉気な笑い。

「それに・・・万が一忘れられてたら・・・」
ディアッカはそこで言葉を切った。

「忘れられてたら・・・?」

「『リトライ』するだけ!」

ディアッカは明確に言い切った。

「何度でも何度でも・・・オレはおまえに逢いに行く。そしてオレを見てくれるまで『リトライ』するだけ!」

それを聞いてミリアリアは大きく息をはいた。

「・・・あんたらしいわ・・・」

「・・・だろ?」

そう言うディアッカの眼つきが妙に艶っぽくてミリアリアはまた赤くなった・・・。





**********





翌朝・・・ミリアリアが目覚めたとき、珍しい事に傍らの男はまだ眠っていた。
褐色の肌にかかる髪は豪奢な金髪。長い睫も凛とした口元も・・・最後に見たときのままだ。

(綺麗・・・)

男の額に掛かる金色のクセ毛に手を伸ばす・・・。フワフワとした柔らかい髪の毛はミリアリアの憧れだ。
指に絡め取って軽く引くと傍らの男がゆっくりと眼を開けた。

朝の光を浴びて宝石のように煌く紫の色・・・。

「やっと・・・本当のディアッカに逢えたね・・・」

「やっぱ本物はいいでしょう?どこもかしこもさあ・・・」
意味有り気にディアッカはミリアリアの耳元で囁いた。

「まだ起きるには早すぎるな・・・」
そう言ってディアッカはミリアリアを引き寄せる。
キスから始まる男と女の睦言・・・こちらのほうも『リトライ』状態。

「また暫く逢えないからよく焼き付けていって・・・忘れないで」
壮絶な色気が紡ぎ出す呪文の言葉。

(忘れられないって解っているクセに・・・)
結局いつも通りのディアッカのペース。狡猾な男。





**********





おみやげたくさん持たせてくれたわ・・・。

AAに戻った後、ミリアリアはディアッカがくれたおみやげをを開けた。お菓子や食材、オーブ特産のハーブティーなどいろいろあってAAのみんなで楽しめそうなものばかりなのが嬉しかった。
ミリアリアにはモスグリーンのサンドレスに帽子とサンダル。同じ色のピアスまである。趣味の良さは相変わらずなのだが・・・。
「でも・・・あたしピアスなんてしないってディアッカは解っているはずなのに・・・」
なのにピアスをくれたディアッカをミリアリアは不思議に思った。

「ちょっと見せて?」
キラがピアスを手に取って見る。

「なるほど・・・こういうことなんだね・・・」
そう言ってキラは金具を取り外した。
中から出てきたのは1ミリ四方の小さなチップで、AAのメインコンピューターの分析に掛けてみると思いのほか時間を取られる。
「スクリーンに映像が出ます!」
チャンドラの声にその場にいた全員がスクリ−ンを見上げた。
「・・・・!これは・・・・」
「すごい・・・こんなものどこであいつ・・・」

スクリーンに映し出されたのは『地球連合軍の勢力図』。しかも軍備や施設、軍隊の規模にまで詳細に記載されていた・・・。
ただし、ザフトの資料は一切無い。
「これが・・・ディアッカの持つ権限で出来る限界なんだね・・・」
勢力分布図は軍事行動には欠かせないものだ。AAにも勿論あるのだが、ここまで詳細なものではない。AAにとっては最高に貴重な情報である。

「さすがだね・・・ディアッカ」
彼はAAの内情をよく解っている。だからこそミリアリアを通じてもたらしてくれた情報にキラは眼を閉じて感謝の意を表した。

でも・・・ピアスに情報を仕込むということは、ディアッカがAA側の作為にも気付いていたと思って間違いない。
それを思ってキラは苦笑する。よく見ると・・・ほかのクルーの顔も同じ・・・・・・。

「ほら・・・ミリィ疲れたでしょう?シャワーでも浴びて着替えておいで・・・」

「え・・・?ええじゃそうさせてもらうわ・・・」

怪訝な顔をしてミリアリアはブリッジから出て行った・・・。





**********





話は前の晩に遡る。

「どうキラくん・・・?聞き取れそうかしら?」と、マリューの声。
「ええ・・・大丈夫です。感度は良好ですね・・・」
「ミリアリアさんには申し訳ないのだけれど・・・こちらも情報が欲しいのよね・・・」





                    **********


         『あ〜・・・さっぱりした!黒に染め上げるのは結構面倒だわ・・・』
         『コンタクトも外したの・・・?』
         『当然・・・もう誰も来ないだろうしな・・・うえ〜眼ぇイテェ!』
         『ちゃんとケアしておきなさいよ・・・バイキンが入ったら大変でしょう?』
         『はいはい・・・相変わらず口うるさいのね・・・おまえは・・・』
         『はい・・・は1度で充分!』
         『それじゃ・・・元の姿に戻ったところで・・・イイコトしようぜ?ミリアリア・・・』
         『イ・ヤ!』
         『そんなコト言ってもムダだね・・・力ずくでもいただいちゃうよ?』
         『ちょっと待ってよ!こっちにだって都合ってものがあるんだから・・・!』
         『なにそれ?そんなのオレの知ったこっちゃないね』
         『ちょっと放して!そんなにきつく抱かないで・・・!』
         『あれ・・・おまえイヤリングなんかしてんの珍しいんじゃない?』
         『艦長に貰ったのよ・・・せっかくだからおしゃれして行きなさいって』
         『ふうん・・・ずい分気の利いたコトしてくれるじゃんよ?・・・まあいいや・・・サービスってね』
         『何が・・・?』
         『い〜え!コッチの話さ・・・』
         『・・・てっ!どこ触ってんのよ・・・ねえディア・・・・・あ・・・』
         『ああ・・・ん・・・はぁ・・・イヤ・・・ぁ』
  
         ───以下、自主規制(あとは御想像にお任せします・・・)




                    **********




AAのクルーがミリアリアのイヤリングに盗聴器を仕掛けた事に、どうやらディアッカは気付いていたようだ。

ということは・・・この『臨場感溢れるヌレ場の様子』はAAのクルーに聞かせるために必要以上に励んだということなのだろうか・・・?

「エルスマンってやっぱ喰えない男だな・・・」

「前にも同じような事があったわよねえ・・・独房前でのラブシーン・・・」

「エロスマンとはよく言ったものさ・・・すごい神経の持ち主だよほんと・・・」

「記録は抹消しますから・・・ミリィには内密にしてくださいね・・・」






                       「「「当然・・・!」」」






それにしても・・・『リトライ!』なんて本当にディアッカらしいとキラは思う。

諦めを知らない彼に相応しい言葉・・・。




                       『リトライ!』





───そして・・・今の自分たちにも必要な気持ち・・・。








 (2005.8.20) 空

  ※たいへんお待たせ致しました。リクエストの続編をお届けします・・・!
    リアルタイムの話は難しかったのですが、それでも大変楽しく書かせていただきました・・・。
    カガリやラクス、アスラン、メイリン、ネオ(フラガ)は乗っていないときの設定で書きましたのでご了承ください。
    リクエストありがとうございました!

    キリバンリクエストヘ   妄想駄文へ