───先ず、ディアッカの独白。


二度目の大戦も終結して、オレはミリアリア・ハウと再会を果たした。
いつの間にかオレはあいつに振られたことになっていたのが気にくわねぇが、まぁこの際それはもうどーでもいい・・・っつーわけじゃないけれど、昔のコトのひとつやふたつ水に流してやるってのも男に必要な度量ってなもんだ。
戦後の混乱に乗じてオレはミリアリアともう一度付き合い始め、早3年の月日が流れちまって現在に至っているんだが、最近周囲が、「そろそろ頃合いじゃないか」とかなんとか・・・要するにまぁ結婚しろと言い出しやがって煩ったらしいったらありゃしない。
まぁねぇ、プラントで23歳つったら大人も大人、既婚者や子持ちもかなりいるしな。
騒がしい筆頭はオレの親父でこと或るごとに「ミリアリア嬢とはどうなっているんだ?!」なんて聞いてくるんだこれがまた!
親父の仲間はここ数年で多くが孫を持つ身となったせいもあって、多分自分も孫が欲しくなったんだろ。実際親父もオレの歳にはもう既に結婚してたっていうことだし。
でもさ?オレにだって「プライド」っつーもんがあるワケよ。
プラントでも有数の財力と権力を持つ「親父様のお力添え」で結婚しました!なんて男として惨めだろやっぱり。だから自力でそこそこの収入を得られ、それなりの社会的地位まで昇進して、しかるべきときが来たら世間並みに結婚しようって思ってたのねこれでも一応。
ラクス・クラインが政権を握ってイザークの奴も武官を代表する者となり、オレはオレで黒服の着用を許されて、ある程度までは権限も強化されたから、そろそろ身を固めてもいいかなぁって考えてはいたんだよ。でも周囲からああしろこうしろ言われると、無性に反発したくなるのが人間ってもんだと思わねぇ?

本音を言っちまうと、今更正式なプロポーズってどうよ?だよな。
大体、長く付き合ったオンナにどのツラ下げて「結婚してください!」なんて言えるんだって。
こういう煩わしいことは抜きにしてさっさと籍だけブチ込んで「今日からオレ達結婚しました」で済ませたいよな。
いやね?正直なところ、コレって男の本音の大多数だと思うよオレは。
それにオレはZAFTの現役軍人だから、一等礼装は軍服だぜ?モーニングやタキシードの類なんか着ることないから結婚式自体簡素でもいい。

でも、オンナの側じゃそういうわけにもいかないってのは・・・まぁこれも仕方ない事なんだろうな。
やっぱり歯の浮くようなキメの言葉を夢見てるんだろうし、どっかのお国事情じゃないが給料の3倍の値段はする婚約指輪だってそりゃー欲しいに決まってる。
それこそ人生最大級のセレモニーだから、あれこれ希望もある訳さ。まぁある意味男にとってもそうなんだけどね。
なんだかこんなこと言ってると世のオンナに総スカンされそうな気もするけどさぁ、だって想像してみろよ!
夜遊び王子(ってなんだそりゃ?)とか、当代きっての女泣かせ(ってそんなワケねーだろがっ!)とか、上司とデキてる(ってイザークとか?笑うぞヲイ!)なんてず~っと陰口叩かれていたこのオレ「ディアッカ・エルスマン」がだぜ?

「結婚してくれ・・・ミリアリア!」

だなんて冗談めかして言う(のは過去に散々やったから)ともかく・・・。

真顔じゃ絶対に言えねぇ・・・つーか無理だ無理っ!とにかく無理っ!







───続いてミリアリアの独白。


あんたさっきから何も話さないけれど・・・どうしたの?

「実物には敵わなねぇけど、プラントの夜空ってのもいいもんだぜ」って呼びだしたのはディアッカでしょう?
「午後7時キッカリに迎えに行くからお洒落してこいよ」なんて言っておきながら自分はZAFTの黒服姿っていうのも変。
それに「ディナーは最高のものをご馳走する」って聞いてすごく楽しみにしてたのよ私。
なのに着いた場所は郊外の小さなレストランで・・・あ、でも料理はとても美味しかったからそれはいいけど。

ディアッカから「プラントに来ないか?」と誘われて、到着してからもう丸3日経っている。
これ自体は年中行事のようなものだし、ああ、そういえばもう休暇の時期だから丁度いいかなって単純に思っていた私だけれど、今回のプラント訪問はどうもディアッカの様子が変なのよね。
いつもだったら冗談めかして「ついでに結婚式も挙げちまおうぜ!」とか「このままプラント永住ってのはどうよ!」なんて言ってくるディアッカなのに、どうしたことか今回はそういったことをひと言も口にしていない。
普段はもう呆れるくらいにノリの軽い男だっていうのに、こうも口数が少ないっていうのは逆におかしいとしか思えないわ。
こう見えても結構長い付き合いだから・・・どんなに物事を茶化していても、芯の部分は真面目な奴だって解ってるのよ。
どうしたのよ!あんた私に何か隠し事でもしているの?
一度は別れた私たちだけど、あんたの「熱烈な」希望でまた交際を始めたのよ?
それとも何?今度は別れる算段でもしているの?そうよね、事実あんたってモテる男だもんね・・・。
とにかくこうもだんまりを決め込まれちゃ場が保たないのよっ!ねぇ何とか言いなさいよディアッカ!

・・・時計の針はもうとっくに午後11時を過ぎているのよ。

あんたまだ何も言わない気でいるなら・・・いいわよっ!私の方から口火をきってやるからねっ!








花はガーベラのOrange!








「「・・・あ、あの・・・」」

ディアッカとミリアリアはふたり同時に同じ言葉を発しかけた。
場所はプラントはフェブラリウス1の郊外にあるレストランで、5組も着座すればもう満員となるくらいの小さな店だ。
つい先ほどまでは他の客もいたのだが、さすがにこの時間では食事を終えれば皆席を立つ。
店の奥には店長と思しき初老の男と、これもまた初老の女がふたりで静かに茶を啜っている。空気に溶け込んだような穏やかな笑みを浮かべあうあたり、この男女はあるいは夫婦なのかもしれない。

「・・・な、何よ・・・」

「それはこっちの言うセリフだ。おまえこそ何だよ!」

ミリアリアの挑発にディアッカも言葉を強くする。一世一代の決心をしてミリアリアをプラントにまで呼び寄せたまではよかったが、いざミリアリア本人を目の前にすると、どうしても言葉に詰ってしまう。
ディアッカは、自分が所属するZAFTの中で、大きな権限を持つ黒服の着用を認められた。つまりは昇進して元々の能力に相応しい地位に就いたわけだが、どうもそれから周囲の目が一様に煩くなったのだ。
勿論周囲が騒がなくとも、自分の中で温めていたことを実行するのに躊躇いはないが、いや、なかったはずだが、宇宙空港でミリアリアの姿を目にした途端、ディアッカの脳内から、用意してあった言葉という言葉が全て飛んでしまったのがいけない。

「だって呼び出したのはあんたじゃない!それって私に用があるからでしょう!」

「ああそうですよ!呼び出したのはオレ様ですよはねっかえりのあなたさ・ま」

「だったらさっさと済ませちゃってよっ!今何時だと思ってるの!もう明日になっちゃうじゃない!」

「・・・・・・」

次に続く言葉を捜しあぐねてディアッカは俯く。
そして、ふと、テーブルに飾られていた一輪の花に目を向けた。慎ましくもしゃんと咲くガーベラの花だ。

煮え切らないディアッカの態度に我慢も限界に達したミリアリアが立ち上がる。

「・・・あんたがそういうつもりなら・・・もういいわよっ!帰るからっ!」

だが、そう言って踵を返したミリアリアの手首は咄嗟に強い力に捉まれた。

「・・・ごめん。いい加減ハッキリ言わねぇオレが悪い・・・」

「ちょっとあんた・・・離しなさいよ、手首に痣ができちゃうでしょう」

「・・・・・・・・」

「あんた一体どうしたのよ・・・いつものあんただったら何でもサラリと言うじゃない。私相手にそれもできないなんてやっぱり別れ話でもしにきたの・・・?」

「・・・じゃねぇよ」

「だったらちゃんと言いなさいよ!」

「・・・ああ、そうする」

「・・・・・・」

自分を見上げるディアッカの瞳に今度はミリアリアが息を呑んだ。
至宝の紫。黄昏を模す空の色。もう幾度となく見つめたディアッカの瞳はかつて見た事が無いほどに穏やかだった。

「ごめんな・・・。どう切り出したらいいのかまったく解らなくてさ、大事なところで変に迷った」

「何よそれ」

「手ぇ出せよ」

「あんたが握っているじゃない」

「じゃなくて反対の手ぇ出せよ!」

「・・・あんたの言ってること全っ然理解できないけれど?」

そう言いつつもミリアリアは反対側の手をディアッカの前に差し出した。
するとディアッカは今まで強く握っていた側の手首を離してもう片方の手首を強く握った。
少しの間じっとその手首を見つめていたが、我に帰り、空いた方の手で慌ててポケットの中を探る。

「動くんじゃねぇぞ」

剣呑な言葉を口にしつつ、ディアッカはポケットの中から取り出したものを静かにミリアリアの指へとはめた。

「ディアッカ・・・?」

「今日、おまえを呼んだ理由はこれ。まさかと思うが異存はねぇよな」

「ディアッカ・・・これ指輪・・・」

「だから異存はねぇだろって!」

ミリアリアは困惑しきった表情のままディアッカ見た。
気がつけばディアッカの頬はうっすらと紅い。
その様子を眺めやるうちにようやくミリアリアも事の顛末を理解した。
ミリアリアの左手の薬指には繊細な細工を施した指輪が輝いている。端的に言えばこれは婚約指輪なのだ。
しかし、指輪を見ているうちにミリアリアは妙なことに気がついた。

「これ、私の誕生石じゃないわよ」

「んなこと解ってるよ。おまえの誕生石はアレだ、アメジスト!」

「ねぇ・・・ディアッカ。改めて確認するけれどこれってプロポーズだと受け取っていいのよね?」

「いかにも」

「だったらどうしてこんな指輪になっちゃうのよっ!これはラピスでしょラピス!しかもこれシルバーじゃない」

「・・・・・・」

ミリアリアの指に納まっていたのは小さなラピスラズリがはめ込まれている銀の指輪で、婚約指輪と呼ぶよりもむしろファッションリングといった類のものだ。一般に婚約指輪はプラチナのリングに相手の女性の誕生石が使われる。その見解からすれば本来ならプラチナリングにミリアリアの誕生石であるアメジストを贈るのがこの場合は相応しい。

「嫌だったんだよ・・・」

「・・・え?」

「だから嫌だったんだよ!アメジストってのが!」

「何・・・それ」

子供のように駄々を捏ねるディアッカの表情がなんともおかしい。どうしてアメジストが嫌なのかその理由もミリアリアには解らない。

「アメジストって紫色の宝石だろ・・・オレの目と同じ色のそんな石贈るのって四六時中おまえのことを監視してるみたいで嫌だったの!しかもオレの目と同じ色だなんてめっさ気障だと思わねぇ?ってかオレの美学に反するんだよそういうのって!」

ディアッカは一気に捲くし立てると頬を一層紅くした。

「美学って、じゃぁどうしてラピスなのよ!誕生石が嫌ならダイヤでもルビーでも別に何でもいいじゃないの」

「・・・・・・」

「ディアッカってば!あんたそこんとこちゃんと説明しなさいよね?」

頬を紅くしたまま、ディアッカは何やらブツブツと呟いている。そして恨めしそうにミリアリアの瞳の奥を覗き込みながら言葉を返した。

「ラピスラズリも・・・銀も古来から魔除けと云われてんだよ。それに、婚約指輪なんてその期間にしかしないじゃんよ。オレそういうの嫌なんだよ。どうせだったら婚約中も結婚した後もずっとずっと指にはめててもらいたいの。だからこの先結婚指輪を贈ることになっても一所にはめておけるようなものにしたんだっつーの!」

「・・・・・・」

「ってことは・・・あんた今、間違いなく私にプロポーズしてるのよね?」

「いかにも・・・ってさっきおまえに言っただろ」

今度はついっとそっぽを向くディアッカに、ミリアリアは堪らず不満をぶつけた。

「あんた・・・プロポーズっていうのはもっと神聖に、ロマンチックにするもんでしょう!どうしてこんなあっさりと・・・やっちゃうの・・・」

ミリアリアも年頃の女性らしく、ロマンチックなプロポーズを夢見ていた。ディアッカの気持ちは自分なりに解っていたので、いつかその日が来ることを心待ちにしていたのだ。普段のディアッカの行動から考えればロマンチックなプロポーズくらい朝飯前だと思っていたのに、現実は思いもよらず、どさくさ紛れになってしまったのが悔しくて後から後から涙が溢れる。

「オレは・・・遊びや冗談だったら豪華な花束でも何でもその場で贈ってやるし、その場限りの浮ついた言葉も囁いてやるよ。でも、今回それだけはしたくなかった。軽いノリでおまえにプロポーズなんてするのは御免だ。女のおまえがロマンチックで神聖なプロポーズを望むのは・・・正直解る。でもな?真剣になればなるほど気の利いた言葉なんて浮かびやしねぇ・・・。花束も宝石もそんなものは後でも渡せる。けれどプロポ-ズはただ一度きりのものだ。だから・・・これが今のオレの・・・本当に正直な気持ちなんだよ・・・」

「だからって・・・」

「ああ、ちゃんと初めに言わなかったオレが確かに悪い。でもなぁ・・・今更結婚してくださいミリアリア!なんて恥ずかしくて言えないもんだって」

いつのまにかレストランの照明は全て落とされて、暗闇の中、テーブルに置かれたキャンドルの灯りがふたりの姿をオレンジ色に映し出す。
午前零時の鐘がなった。

「シンデレラの魔法は12時を過ぎると消えちまうけれど、これは夢じゃない・・・解るな?」

「・・・・・・」

「うんとお洒落して来いって言ったのに・・・ずいぶんあっさりとしたワンピース着てるな。でも・・・そのオレンジ色はおまえに一番似合う色だよな」

「・・・そう?」

「ああ、オレが初めて見たおまえの私服姿もオレンジ色のワンピースだったし」

「AAに乗り込んだとき、あれしかもっていなかったからよ」

「うん、しってる。でも、あのワンピ姿を見たのが決定打だな」

「・・・何よそれ・・・」

ディアッカはテーブルに飾られていた一輪挿しの花を抜くと、それをミリアリアにそっと向けた。

「おまえに似合う花はガーベラのオレンジ。そっくり返ったおまえの髪に、意地っ張りなその性格に、でもって・・・どんなときでも太陽みたいなおまえに一番似てる花だ」

「・・・・・・」

「というわけだから・・・」

「え・・・?」

「もうオレから逃げるんじゃないぜ・・・」

ディアッカはそう言うやいなや、キャンドルの灯りを吹き消してミリアリアの身体を強く自分に引き寄せた。












     (2008.8.1)  空

  ※ さくやさん、ずい分長いことお待たせして申し訳ありませんでした。
     予定ではもっとシリアスになる筈だったのですが、なんだかコメディタッチになってしまいました^^;
     で、ここで言うのも何ですが、実はミリィ・・・ディアッカにプロポーズの返事をしていません。
     でも、プロポーズしてしまえばあとはこっちのモノでしょう!うちのディア兄さんならそれくらいやるよ(って何を?)
     リクエストをありがとうございました・・・!