たとえ・・・神様がどんなに邪魔をしても私はもう一度彼に逢いにいくわ・・・。
オルフェ
「なあおまえ・・・さっきから何読んでるんだよ!」
「なによ・・・用が無いなら馴れ馴れしく呼ばないでくれる!」
「ふ〜ん。ギリシャ神話ねえ・・・おまえこんなのがいいんだ?」
「ちょっと!返してよ!」
休憩室で賑やかに言い合いをしているのはもちろんディアッカとミリアリアの両名である。
ディアッカがバスターの調整を終えて休憩室に来てみれば、ミリアリアがひとりポツンとなにやら夢中になって読んでいた。
何を読んでいるんだか取り上げてみればそれは『ギリシャ神話』のブ厚い本で、ディアッカにしてみれば、こんなの一体どこがおもしろいのか首を傾げたくなるのだが、彼女にとっては実におもしろい話のようだ。
「ねえもういいでしょ!返してよ!」
せっかくいいところなのにとんだ邪魔がはいってしまった。
釈放されて間もないディアッカにとっては気安くなったミリアリアにまだまだ頼るところが大きくて、何かあるとすぐに彼女のそばに寄って来る。傍から見るとそれがまるでカルガモの親子のように見えてしまってAAのあちこちでクルーの笑いを誘っている。
つまりミリアリアからすればディアッカは「うざったい!」のひと言に尽きる人物なのだ。
「でもさあ・・・おまえさっきからなんか同じ所ばっか見てんじゃね〜の?」
「・・・・・・え」
「だって何ページかめくるとまた前に戻ってるじゃんよ?」
そうなのだ。ミリアリアがただ本を読んでいるだけだったらディアッカもさほど気にしなかったと思うのだけれど、その読み方が問題で、5〜6ページ読むと再び前のページへと戻る事を既に10回以上繰り返している。
ディアッカが気付いた時でそうだったから、本当はもっと読み返しているに違いない。
ミリアリアが繰り返し読んでいたのは・・・
「『オルフェウスとエウリディケ』ねえ・・・」
ディアッカの記憶に間違いなければこれは悲劇の決定版だったはずだ。
毒ヘビに噛まれて死んだ愛しい妻エウリディケをもう一度この世に帰してもらうため、夫のオルフェウスは冥王ハデスに願いを乞う。
得意の竪琴を奏で、その音色に心打たれたハデスは『地上に出るまでは決して後ろを振り向いて彼女を見てはいけない』
という約束のもとにオルフェウスにエウリディケを帰そうと言った。しかし、あと数歩の所で喜びのあまり、オルフェウスは
後ろを振り返ってしまうのだ。途端に妻は冥府へ連れ戻される。悲嘆に暮れたオルフェウスはただひたすら亡き妻を想い、
やがて彼に横恋慕する女達の恨みをかって殺される。
確かそんな話だったとディアッカは思う。
「ばっかみてえ!死んだ女の事でウジウジいつまでも泣いているなんて!・・・・あ・・・」
つい、いつもの様に皮肉まじりに話を雑ぜ返してしまった。
(やべ・・・やっちまった・・・・)
ミリアリアがそのページばかり見ていたのは自分と恋人のことを準えていたのだと今更ながら気が付いたのだ。
「悪い・・・そんなつもりじゃなかったんだけど・・・ごめん・・・」
ディアッカは、彼にしては珍しく素直にミリアリアに謝罪した。
対してミリアリアは一呼吸おいて「いいのよ・・・私もオルフェウスってすっごい大バカだと思うから!」
なんて、とんでもない返事をしてディアッカを驚かせた。
「だってそうでしょう?一度失敗しただけで諦めるなんてバカもいいところだわ!まだチャンスがあるかも知れないじゃない!泣いて竪琴を爪弾いているだけなんてホント大バカだわ!それにエウリディケもエウリディケだと思わない?声を出してはいけないってのも解るけど!だったらオルフェウスの頭を後ろから押さえるぐらいすればいいのよっ!!」
「いや・・・すごく前向きなご意見でビックリいたしました・・・」
まさかこんなセリフがミリアリアの口から飛び出ようとは。
「じゃあ・・・おまえがオルフェウスだったらどうするのさ・・・?」
そんなディアッカの問いにミリアリアは何の躊躇もせずにこう言い切った!
「決まってるじゃない!またハデスの所に行くのよ!何度でも何度でも手土産持って日参するわよっ!チャンスがあるなら諦めないわよっ」
興奮冷めやらぬ状態で捲くし立てるミリアリアを見てディアッカの口元は自然笑みを誘われる。すげえオンナ。
「あ、ごめんなさい!あんた休憩中だったわね・・・私もう行くからゆっくり休んで」
ちょっとばつが悪そうにミリアリアは休憩室から出て行った。
ひとり残されたディアッカは思う。
ミリアリアならきっと本当にハデスに日参してまでも許しを乞うに違いない。もう一度亡き恋人が戻ってくるなら
きっと何でもするだろう。媚びへつらいも泣き落としも・・・必要なら脅迫だってやりかねない。
でも、これは神話の世界だから何でも有りだと解っているが、現実の世界では死んだらそこで全てが終わる。
それが解っているミリアリアだからこそ言えたセリフ。
「決まってるじゃない!またハデスの所に行くのよっ!」それで恋人が本当に戻ってくるのだったら・・・。
こんな強い勇ましい事を言っていた彼女。
でも本当の彼女はもう二度と逢えない恋人を想ってこっそりと泣く少女。
神話の世界に思いを馳せて・・・恋人に再会出来る世界をそっと羨ましがって悔しがって。
それでも必死に前を向いて現実と対峙する・・・なんて健気なミリアリア。
(いつか・・・オレもあいつのように誰かに恋する事なんかあるのかねえ)
本気で恋愛などしたことのないディアッカですら、彼女の恋人を想う心は素敵だと思う。
いつか・・・あいつのように深く誰かを愛する事が出来たらいいね。
きっとありえない妄想なんだろうとは思うけれどね・・・・・・。
(2004.9.30) (2005.7.8 改稿) 空
※ このミリィは私的にとても好きです。
妄想駄文へ