ディアッカに渡して欲しいと・・・キラからミリアリアが受け取ったものは。


───「オランジェ・・・?」


・・・という名前のトワレだった。








オランジェ









「オランジェなんて変な名前のトワレなのね・・・」

そんな名前のトワレ・・・ミリアリアは聞いた事が無い。

「ディアッカにってラクスから。彼の愛用品なんだって。エターナルの荷物から出てきたんだけど・・・
これはあまり一般には使われていないもので、ザフトでもディアッカぐらいしか愛用者がいないそうだよ」とはキラの言葉。

「それってアイツの好みが変なんじゃないの?」

「さあ・・・どうなんだか」

困ったように笑って、キラはエターナルへと戻って行った。


この時間ディアッカがいる所は多分格納庫だ。
マードックさんに聞いてみると、バスターのコクピットにいる筈だと教えてくれた。
キャットウォークを蹴り、コクピットに向かって跳びあがると、程なく金髪のくせ毛が見えてきた。

「ディアッカ・・・?」 
声をかけても返事が無い。

「ねえ・・・」
(もしかして寝ちゃってるの?)

ピクリとも動かないディアッカはどうやら本当に眠ってしまっているらしい。

(ふうん・・・)

初めて眼にするディアッカの寝顔は狡猾で皮肉屋で生意気で小賢しい、そんな普段の彼とは程遠い・・・まあ実に穏やかなものであった。

閉じられた眼の睫の長さにもミリアリアは驚いた。
柔らかい金髪は今は額に落ちていて顔の半分を覆っている。
ただでさえ端整な顔立ちのディアッカだが、こうして改めて見てみると・・・
本当に綺麗で、明るい褐色の肌はブロンズ像を思わせた。
コクピットから投げ出された足はとても長く、細いのに筋肉質でムダというものがまったく無い。

しばし見惚れていたミリアリアだが、当初の目的を思い出す。

(トワレ・・・置いておけば解るわよね・・・)

辺りを見廻して、コクピットの計器盤の横に置けそうな場所を見つけると、そっと手を伸ばしてトワレを置こうしたのだが、ミリアリアの手はそのまま宙に浮く格好になった。

(え・・・・・・?)

気がつけばミリアリアは大きな褐色の手に手首を掴まれていたのだ。

「何?ミリアリア珍しいんじゃない?おまえの方からオレんとこ来るなんて」

「あんた寝てたんじゃなかったの!」

「オレこれでもプロの軍人だぜ?人の気配位解るって〜の」

ディアッカはいかにも楽しそうに口の端を歪めて、クククと笑った。

「で、なんの用なんだよ」

その声にミリアリアの身体がピクリと反応する。

「これをあんたに渡してくれって、キラ経由で預かったんだけど」

ミリアリアはそう言ってトワレをディアッカに渡そうとして・・・自分の手首に眼を向けた。

「ちょっと手・・・放してくれない?」

なにしろトワレはディアッカに掴まれた手の中だ。

「はいはい・・・」

ディアッカはそっと(残念そうに)ミリアリアの手首を放してやる。そして彼女の持っている瀟洒なビンを見るや否や。

「何・・・『オランジェ』って、こんなの何処にあったんだ?」

「エターナルの荷物の中だって言ってたわ。『オランジェ』なんて変な名前のトワレね?」

ミリアリアの疑問にディアッカはクスリと笑ってさりげなく言った。

「これはドイツ語で『オレンジ』のことだよ『オランジェ』っつ〜より『オランジェン』と発音するんだけどほら、おまえがエターナルで貰ってきたベルナデットのトータルセット?まあそれの元になったのがこれさ」

ディアッカは懐かしそうにトワレのビンを見つめて、更に言葉を続けた。

「これ、あんまりベルナデットでも生産されてないんだぜ?主に受注生産で、届くまでに3ヶ月はかかるんだ・・・。
トワレっつ〜より、パルファンに近いから、香りも長く残るんだ・・・オレのお気に入りね」

「そう聞いたわ。それ、ザフトでも使ってるのはあんたぐらいなんだって?」

ちょっと興味有り気にミリアリアが尋ねると。

「ん〜・・確かに滅多にいないよな・・・どう?ちょっと試してみる?」

ディアッカはミリアリアの手首にほんの少しだけ『オランジェ』をつけた。

柑橘系のさわやかな香りが広がる。心持ちミントが加わっているかも知れない。
甘くもなく、しつこくもなく・・・すっきりとした香りだ。

ミリアリアは意外だと思った。
ディアッカの好みはもっと派手だと勝手に思い込んでいたのだ。

「へえ・・・いい香りね。あんたの好みにしちゃあマトモじゃない?」

ミリアリアは意地悪くディアッカを見据えたが、それでも香りはとてもいいと素直に思った。

「実はコレね・・・オンナものなんだよ。20年以上前から販売している古いもんなんだよなぁ」

「なんで・・・これがお気に入りなの?」

女性用なんてどうしてまた・・・と疑問が残る。

ディアッカは上目遣いでミリアリアを眺め、ニヤリと笑って言葉を続けた。

「オレのナリだとさ?オトコもののムスクなんて使ったら凄く毒々しくなっちまって、アブね〜の。
オトコものでサッパリ系ってのはどれも似たような香りになっちゃうもんで、いろいろ探してコレにしたって訳」

ディアッカはそう言い終えると自分の首筋にほんの少し撫で付けた。

「どう?いいでしょ?この香り」

そう言ってディアッカは艶然と微笑んだ。

その姿はいつになく色っぽくて・・・要するに何を付けてもこいつはアブないんだとミリアリアは溜息を吐いた。

「ところでおまえ責任とれよな・・・」

いきなりディアッカに言われた言葉にミリアリアは眼を白黒させる。」

「は・・・責任・・・?」

「そ。オレの眠りを妨げた責任。昨日から徹夜で作業してたんだぜ?やっとひと息つけるかと思ったのにさ・・・」

拗ねた顔をしてディアッカはミリアリアを威嚇する。

「だから・・・あたしだってこれ置いてとっとと戻ろうとしたの!勝手に眼を覚ましたあんたがいけないんじゃないの!」

とんでもない言いがかりだ。

「い〜や!おまえが悪いって。おまえの方から来るなんて珍しいことするからドキドキもんじゃんよ。だから責任とってこうしていて」


いきなり両腕を掴まれて、ミリアリアはディアッカの胸へとダイブする。
ポスッという音がして、そのまま膝の上に乗せられた。

「ちょ・・・ちょっと何・・・?」

ミリアリアの華奢な身体は抱きこまれてしまった。

「う〜・・・気持ちいい!抱き枕〜!」

そういう彼の顔が降りてきてミりアリアの肩に顎を乗せると、金のくせ毛が落ちて頬に触れた。

「ディアッカちょっと!冗談はやめて!こんなとこで抱き枕って・・・!」

だが、急にディアッカの身体の重みが増した。ミリアリアは必死で押し退けようとするが彼の身体はピクリともしない。

(もう寝てる・・・・・・?)

どんなに力をいれてもディアッカの腕は外せない。

「あんたまた寝た振りなんでしょ〜っ!」

ミリアリアの絶叫が格納庫に響き渡る。

その声を聞いてマードックがコクピットに上がってきた。

「どうしたんだい嬢ちゃん?・・・ありゃま・・・」

呆れ顔で呟くマードック。

「助けて下さい〜・・・こいつ離れないんです」

と、今にも泣きそうなミリアリアの声。

マードックは残念そうにミリアリアを諭した。

「嬢ちゃん・・・2時間ガマンしてくれね〜かい?そいつ起こすの今は無理だわ」

「なんで!どうしてなんですかっ」

「そいつなあ・・・熟睡しちまうと敵意でも察知しない限り2時間はどうやっても起きね〜んだわこれが」

「ウソ・・・マードックさん!2時間もこうしてろって・・・これじゃ拷問と変わらないんじゃないですかっ」

ミリアリアは既に半べそ状態だ。

「う〜ん。お嬢ちゃんの気持ちも解かるんだがなあ?実はそいつ、もう3日は寝ていね〜んだよ・・・」

「・・・3日?」

3日も寝てないなんて・・・ディアッカはそんな素振りなどまったく見せなかったのに・・・。

そんなになるまで整備をするのは、彼の他に調整出来るコーディネイターがAAにいないからだ。
ザフトにいた頃のディアッカはきっと整備なんてする必要は無かっただろう。
パイロット業務に専念していればよかった筈だ。

それに比べて今の彼の境遇はどうだ。
キラがエターナルへ移ってから、厄介で手のかかる仕事は全部ディアッカに廻ってきたのだ。
ぼやきながらも、それらをサボるディアッカではなく、真面目なのは意外だった。
エターナルに行けばもっと楽が出来るのにこうしてAAに残ってくれているのは
ミリアリア達、AAのクルーを護る為・・・。

「だから・・・嬢ちゃん少しでいいからそうしてやっててくんねえかい?いくら熟睡しててもなぁ・・・こんなシアワセそうな顔見せたことねえよこいつ」

(・・・・・・)

ミリアリアは押し黙る。

ディアッカの意外な面を垣間見てしまったのは失敗だった。
こんな彼を残して立ち去るなんてミリアリアに出来はしない。

「頼んだぜ嬢ちゃん・・・」

マードックはそう言って静かにコクピットから離れて行った。




(2時間の辛抱だわ・・・)




それにしても・・・ディアッカのことを少し誤解していたと思う。
軽薄だし、狡猾で、皮肉屋だけど・・・肝心なところでは誰よりも頼りになるのだ。
そんなことはよく解っているつもりだった。

でも・・・実年齢より遥かに大人びて、プラントでは立派に成人している彼も、本当は17歳の多感な少年。
ついこの間まで敵対していた陣営の中にいることは、気苦労だってある筈だ。
それについては愚痴ひとつ聞いたことが無い。きっと強い精神力に支えられているのだろう。
そのディアッカも今この時だけは17歳の少年の顔をして眠っている。


(いつもこうだったらケンカにならないのにねえ・・・)


規則正しい寝息が聞こえる。

ミリアリアはディアッカの背中にそっと腕を廻しその重みを支える。
ほんのりと『オランジェ』の香りがする。


(ホントに今日は意外なことばかりだわ・・・)


そう思いながらミリアリアは、眼の前のトワレのビンをじっと見つめていた。












2004.9.13) 空

※ ディアッカにFamのトワレの設定は一番最初に浮かんだものです。
  イメージは、『アルマーニのアクア・デ・ジオ・ファム』
  実は私の愛用品なんですが、いつの間にかダンナに使われていました。 
  マスカットのいい香りで、意外にダンナにあっている・・・不思議だ。
  さすがにジオの実物を出す訳にはいかないので『オランジェ』というトワレを捏造しました。


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