出会いや再会といった不意の出来事はたいそうドラマチックなものだが、その相手が別れた恋人だったりすると?
これはドラマチックというよりもメロドラマチックになってしまいそうなそんな予感。
どんなに文化が進み、高度な世界になっても、たとえ人間がコーディネイターとして高い能力を保持しても・・・
ひとを好きになり、恋に落ちるのは自然が定めた究極の本能。
そしてどれだけ時代が変わってもきっと・・・恋焦がれ、苦悩して、想いを紡ぐに違いない。
そしてまた・・・その苦悩すら喜びに変えてしまうのが恋した者の凄さだと私達は知っている・・・。
メロウ・ディアッカ
───月の自由都市コペルニクス。
レクイエムを巡る戦闘の後、この都市の港にAAは停泊していた。
2年前の大戦で1度はここもそれなりの打撃を受けていた。
『自由都市』
聞こえはいいがここは、地球とプラントとのパワーバランスが微妙な経緯をもって保たれている場所だ。
当然両方の思惑が複雑に絡み合う、いわば情報が飛び交う中継チャンネルみたいなもので、それは報道カメラマンとなったミリアリアにとってもたいそう興味をそそられる格好の場所に違いなかった。
キラ、アスラン、ラクス、メイリンの4人は先に港に降りて密かに買い出しをしている。ここでミーアからのSOSを受けて銃撃戦になったのだが、それはまた別の話でミリアリアは特に許可を願い出て情報収集のため、キラ達とは別行動をとっていた。
こざっぱりとした服装の彼女は街の雑踏に紛れ込むと、まったく目立たないのをいい事に大通りではなく細い路地裏へと歩みを向ける。
大きく取り上げられているものの陰にあるものこそ、ミリアリアがずっとカメラマンとして追い続けていたものだ。
(裏はまだまだ復興途中みたいね・・・)
そんな素直な感想を持ちつつ角を曲がると・・・。
───ドン!
「あ・・・!」
反対側からやってきた相手とぶつかってミリアリアは持っていた紙袋を落としてしまった。
「ああ・・・悪・・・」
ぶつかった相手がミリアリアの紙袋を拾おうとして、言葉とその動きを止めた。
(・・・?)
怪訝そうに相手の顔を見ようとして・・・・。
今度はミリアリアのほうが息を呑んだ。
「ミリアリア・・・」
やっとそれだけを搾り出すような声で口にした相手・・・。それは・・・。
「ディアッカ・・・!」
数ヶ月前に自ら振った男が今、ミリアリアの眼の前に立っていた。
最後に会った時と同じ様に豪奢な男はミリアリアを見つめている。
「どうして・・・おまえがこんな所にいるんだっ!」
そう言っていきなりミリアリアに掴みかかったディアッカを傍らにいた女性が静止した。
「ディアッカ!いきなりそんなことをしたら相手のかたもびっくりするでしょう!」
「あ・・・」
「大丈夫ですか?お怪我はありませんでしたか・・・?」
凛とした涼やか声を聞いてミリアリアはようやく我に返った。
「あ・・・こちらこそすみませんでした・・・」
そっと屈んで紙袋を拾い上げると一礼をして踵を返す。そして・・・ミリアリアは一目散に走り出した!
「ミリアリア!」
背後でディアッカの声がしたが、かまってなんかいられない。なにしろ一方的冷たく振った相手なのだ。
こんな所で再会なんぞしたら、何を言われるか解ったものじゃない。
「待てよ!ミリアリアっ!」
慌てて追いかけようとするディアッカだがここで連れがいることを思い起こす。
「ディアッカ・・・もしかして彼女がAAの・・・ですか?」
涼やかな声に相応しく、また容姿も美しい女性が事の成り行きを見守っている。
「・・・そうだよ・・・」
ちょっとはにかんだ顔で返事をするのは普段のディアッカらしくないと思いながらも、女性は彼に言葉を返した。
「では、買い物は私ひとりで大丈夫です。いいですか?門限の時刻までには戻って来てくださいね?」
「・・・サンキュ・・・!シホ!」
言葉も終わらぬうちに、ディアッカはすでに駆け出していた。
遠ざかってゆくディアッカの後姿を眺めながらシホと呼ばれた女性は心の中でそっと呟く。
(いいえディアッカ。こんな時でもなければあなたに借りを返せませんから・・・)
笑いを含んだ表情を引き締め、シホは雑踏の中へと消えた。
**********
ここまで来れば大丈夫よね・・・。
幾つかの曲がり角を過ぎてミリアリアはひとり息を整えていた。
(なんであいつがこんな所に・・・)
複雑な思いが交錯する。かつてディアッカはミリアリアの恋人といっていい存在だった。
先の大戦より2年。逢える回数こそ多くはなかったものの、それなりの逢瀬を重ねてきたふたりである。
だが、いくら戦争が終結したといってもそれで平和になったわけではない。
宇宙の・・・そして地球のいたるところにその爪痕が残されている。
その真実を写し、世界に訴える報道カメラマンという仕事を選んだのは他ならぬミリアリアだ。
そして、報道カメラマンという道を選んだ時、同時に手放さなければならない存在があった。
それが『ディアッカ・エルスマン』・・・彼のことだ。
今はもうザフトに復帰して第一線の軍人となった男。
当然のように彼はミリアリアがカメラマンになることに反対した。
まず命掛けの危険が伴う。そんな所に彼女を行かせるわけにはいかない。
加えてカメラマンでジャーナリストというミリアリアの立場はディアッカにとっても好ましいものではない。
スパイ容疑を掛けられても不思議ではないくらい危険な存在となってしまう。
それはミリアリアにの解っていた。
ミリアリアがこのままディアッカと逢瀬を重ねていたら・・・いつかそれはきっとディアッカの致命傷となるだろう。
ならば・・・そうなる前に出来る事はひとつだけ。つまりそれがディアッカとの別れ。
酷い言葉で彼を傷つけた。不本意だったとはいえ決してディアッカに言っていい言葉ではなかった。
『あたしのすることにいちいち口出ししないでくれる?あんたなんか別に恋人でもなんでもないのよ!恋人ヅラしていい気になんかならないで!
もうこれっきり2度と逢わないからあんたもコーディネイターの美人とうまくやればいいわ!』
(ほんとにうまくやってるじゃない・・・)
ディアッカと一緒にいたあの女性の凛とした美しさ。
あんな女性が側にいるのだ。きっともう自分のことなどこんな機会でもなければ思いだしなどしなかったと思う。
自分から離したディアッカの腕。・・・それは自業自得というものだ。
───それでもミリアリアは思い出す。
本当はずっと逢いたかったのに。
本当はその艶やかな声を聞きたかったのに。
本当は今でも・・・。
「どうして・・・おまえはいつもそうやってオレから逃げるんだよ・・・?」
不意の真正面からのその声にミリアリアは囚われる。
「おまえなあ・・・オレから逃げられるなんて本気で思っているのかよ!」
余程急いで走って来たのか、息も乱れて肩が激しく上下している。こんなディアッカの姿は滅多に見られるものではなかった。
更に本気で睨みつけるディアッカの視線の冷たさを前にミリアリアは言葉を出せないでいる。
(どうして・・・)
「なあ・・・返事くらいしてくれてもいいんじゃないの?」
なおも詰め寄るディアッカの視線を退けてミリアリアはその横を抜けようとしたが咄嗟に腕を捕まれ、そのまま背後の壁に強く身体を押し付けられた。
「もう・・・あんたとは終わったんだからいいでしょう?」
心とは裏腹に残酷で冷たい言葉ならこんなにもスラスラ出てくるのにとミリアリアは思う。
「腕・・・離してくれない?」
なんとか逃れようとするのにディアッカはますます力を込める。
「あんな一方的な別れ方・・・オレが納得するわけがないだろうっ!」
本当は誰よりもやさしく、相手のことを先に考えてしまうような女だ。
ZAFTでの微妙すぎるディアッカの立場を思いやって冷たい言葉を投げたのだ。
そんなことは百も承知。それほどまでに自分を大切にしてくれる女・・・。
「どれだけ心配したと思ってるんだ・・・ずっと音信不通で・・・アドレスも変えちまいやがっ・・・て」
最後のほうはもう声になっていなかった。
ディアッカはミリアリアを抱きしめた。
それはもう、強く・・・激しく・・・これまでの想いを総てぶつけるような熱い抱擁・・・。
(ディアッカ・・・)
ミリアリアの瞳からも流れ落ちるガラスの如く透き通った涙・・・。
その場所は、時間から取り残されたステージを見ているようで・・・。
**********
───ハウ、おかえり。
着替えもせずにブリッジに上がってきたミリアリアをノイマンが迎えてくれた。
「キラたちは・・・?」
「ああ・・・間もなく戻ってくるよ」
本当は大きな事件があったのだが、ノイマンはそれを口にはしなかった。
「疲れただろう?ハウ。バスに浸かってくるといいよ」
微笑みながらノイマンはミリアリアに入浴を促した。
「そうですね・・・じゃ、そうさせてもらいますね」
そう返事をしてミリアリアはブリッジを後にした。
(夢の残り香ね・・・)
ノイマンはふっ・・・と溜息をつく。
ミリアリアの首筋に真新しいキスマークがついていた。
彼女がそこまで許す相手は唯1人だけだ。
AAのクルーに気付かれないうちに入浴させて、制服に着替えてしまえばもう誰にも解らない。
『振っちゃった・・・!』
屈託のないミリアリアの言葉を思い出す。
(あいつ・・・そうは思っていないよな・・・)
苦笑いをしてノイマンは飲みかけのコーヒーを口にした。
**********
───ディアッカの奴はどうしたんだ・・・?
ボルテールの艦橋でイザークがシホに話しかけた。
「はい・・・。途中まで一緒に買出しをしていたのですが・・・」
(・・・?)
珍しく言葉を濁すシホにイザークは不審な表情を向けた。
「ディアッカは途中で彼女に再会しました・・・」
シホは簡潔にイザークに告げる。それだけできっとイザークには総て伝わるだろうとシホは思った。
「・・・・・・そうか」
そう呟いてイザークはまた机の書類に眼を通し始めた。
艦橋の窓から外を眺めてシホは思う。
時間がある時はいつもディアッカは外を眺めていた。
その視線の先にあるものが・・・遥か彼方の地球だと気がついたにはいつの頃からだったのか。
AAでの話はイザークにすら滅多にしないディアッカの胸中。
何かの拍子にイザークから聞いたAAのクルーだったというナチュラルの恋人の存在。
前の大戦時の彼の記録は公式には何も残っていない。
ただ、エリートの『赤』から一般兵の『緑』になった事実がディアッカの立場の微妙さを物語っていた。
総てを捨ててまで護り抜いた最愛の恋人。
その恋人と離れてZAFTを・・・イザークを補佐する彼の姿はシホの涙を誘う。
(ジュール隊長も私も、そしてボルテールのクルーも皆あなたに命を護られている・・・)
本当は恋人の許に行きたいに決まっている。恋人を護りたいに決まっている。
そんな気持ちを胸に秘めて・・・ただ沈黙を守るディアッカにシホは心から済まないと思った。
もうすぐ門限の時刻になる。
副隊長になってからのディアッカは誰よりも普段規律を守る。
間もなくボルテールに戻ってくるだろう。
普段の彼そのままに軽口をたたいて艦橋に上がってくるだろう。
何があっても総て心に秘めたままで・・・何食わぬ顔をしてきっと『ただいま〜』なんて言うのだ。
『平和を願うのはコーディネイターもナチュラルも同じだよ・・・』
窓の向こうを見つめながらディアッカがいつかシホに言った言葉。
ええ・・・ディアッカ・・・。私も心から祈ります・・。
早く平和が訪れて・・・あなた方が大手を振って再会できる日が来ることを・・・。
間もなくディアッカが戻ってくる。
せめて何事も無かったような顔で迎えてやるのだ。
それだけが今の自分に出来ることだと目頭を押さえながらシホは思った・・・。
(2005.10.16) 空
※ 大変お待たせいたしました。リクエストの『真実の歌』のディアミリバージョンをお届けします。
再会した『D』と『M』の間に何があったかはみなさまのご想像にお任せするとして、
サブキャラの思いを少し綴ってみました。
そういうひとたちの思いに見守られるような恋人同士としての『ディアミリ』がやはり最高だと私は思います。
リクエストありがとうございました!
キリリクへ