Lies and Truth
AAは闇の中を抜けている最中である。
前方と横に僚艦の姿を見なければ自分達は、ただ広大な空間に取り残されたような錯覚を覚えるだけだろう。
つい先刻、馴染みのジャンク屋から彼らにに重大な情報が入ってきた。
地球軍月艦隊がZAFTの宇宙要塞『ボアズ』に侵攻を開始したというのだ。これで戦局もいよいよ大詰めを迎えたと言える。
デブリ帯に潜伏していたAA、エターナル、クサナギの3艦も一刻を争う事態についに転進の決断を下す。
束の間の平穏な時間は終わりを告げ、自分達は再び戦場に向かって突き進んでいた。
貴重な休憩時間の合間をぬってミリアリアはここ、展望室から外を見つめている。
(・・・あ)
背後から微かに人の気配を感じてミリアリアは大きく溜息をつく。
───あんた・・・。そこにいるなら出てきなさいよ。
薄暗い展望室の柱の影に潜む気配に向かってミリアリアは話しかけた。
たたずむ気配は音も無くその輪郭をあらわにする。
わずかな光を集めて映える豪奢な金髪と黒紫の瞳をした美しい男の姿がやがてゆっくりと浮かび上がる。
「あれ?いるの判っちゃった?オレ、これでも気配消していたつもりなんだけど?」
そう言ってクククと笑う男の仕草は相変わらず緊張感に乏しく、それが逆にミリアリアの神経を逆なでする。
「空調の流れで、あんたのコロンが微かに漂ってくるの。だから気配を消したって無駄なのよ」
この男の愛用のコロンは特注の女性用で、店頭販売などしていない彼独特の香りだといつか聞いた事があった。
「ふうん・・・それはさあ、少しはオレの事を気にかけてくれてるって取ってもいいわけ?」
「・・・そんなんじゃないわよディアッカ!」
この綺麗な男・・・ディアッカと呼んだ男の姿を真正面から見返すのには勇気がいる。声をかけるべきはなかったとミリアリアは後悔しつつ、再び前方の宇宙空間へと瞳を向けた。
「へえ。珍しいじゃんおまえ?オレを名前で呼ぶなんてさ?」
口元を軽く歪めながらディアッカはミリアリアのすぐ背後で歩みを止めた。眼の前の硬質アクリルガラスはお互いの姿を映し出す。
ディアッカは両腕を伸ばしガラスに両の掌を着けた。その行為は丁度ミリアリアを己の腕の中に閉じ込めたような格好になった。
「休憩時間なんだろう?おまえ・・・眠らなくていいのかよ」
「・・・あんたこそ何ほっつき歩いているのよ。MSパイロットはいつでも発進出来るように待機中じゃなかったの?」
「オレ達の出番はずっと先だよ。ボアズに着くまでにはまだまだ時間がかかるってね。それよりどうしたんだ?おまえまた眠れないのか?」
普段から無理してばかりいるミリアリアを気遣い、休ませるのはディアッカの役目だ。今日も疲れと緊張からまた眠れないのだろうとディアッカは単純に思ったのだが、それに対するミリアリアの返事はとても意外なものであった。
「今のうちに・・・ちゃんと見ておこうって思ったのよ」
そう呟くと、ミリアリアは少し俯き加減で瞳を閉じた。
ガラスに映るミリアリアの表情を窺いながらディアッカは静かに尋ねた。
「・・・ちゃんと見ておこうって・・・何を?」
「静かな・・・あたりまえの宇宙空間をよ。もうすぐ私たちはまた・・・黒煙や炎があちこちで立ち上る戦場に着くわ。そうしたらもうこんな静かな世界を見ることなんて2度と無いもの」
「2度と?」
「そうよ。生きて帰れるなんて思っていないわ。だから死んで天国に逝ってもちゃんと思い出せるように・・・綺麗な世界を思い描けるように見ておきたいのよ・・・」
「・・・ふうん」
ディアッカはそう言うと、ミリアリアの肩に自分の顎を乗せた。ガラスに着けられていた両腕が今度はミリアリアを背後から優しく包み込む。
耳元を甘い声が掠める。
「だったらさ、おまえにひとつだけお願いしてもいい?そのときはオレのことも思い出して。1番最後でいいからさ・・・」
背後からディアッカに抱きしめられている状態だというのに、ミリアリアはその腕を振り解こうとせずに息を呑んだ。
「オレはまたバスターに乗るよ。でも先頭に立って攻撃をするのはフリーダムであり、ジャスティスであり、ストライクだ。オレの機体は後方支援の援護機だから基本的にAAから遠くへは行かない。M1がクサナギを護って戦うようにオレのバスターもAAを護りながら戦う」
「・・・・・・」
「だからさ?おまえがオレより先に死ぬことだけは無いよ。おまえが死ぬときはMSがぜ〜んぶ叩き落された後だから」
そう───そのためにあの日、捕虜から解放されたあの日にディアッカはAAに戻って来たのだ。ただ眼の前の少女を護りたいが為に。
「ディアッカ・・・」
「オレが死ぬときはちゃんと1番最初におまえのことを思い出すよ。だっておまえに逢えたからここに今のオレがいるんだぜ?だからおまえを想いながらあの世に逝くって〜の、なんかカッコ良くない?」
ディアッカはいつもの飄々とした話し方をして笑うが、内容はとてもそんなまともな話ではない。
「あんたっ!なにバカなこと言ってるのよっ!」
この男の言葉は自分の死すらもまるで冗談を言っているかのようにミリアリアには聴こえる。
「そうかなあ・・・。好きな女を思い浮かべながら、そして護りながら死んで逝けるのならオレはそれでいいと思うけれどね」
ディアッカの洩らす言葉は、もう既に自分がこの世からいなくなっているような、そんな言葉だ。
だが、それを聞かされているミリアリアにはとてもじゃないが堪らない。
「そんなのあんたのバカな自己満足よっ!」
ミリアリアはつい、声を荒くしてしまった。
(・・・・・・!)
ミリアリアがそう言った途端、ディアッカの両腕から凄い力が彼女に伝わってきた。
押さえていたディアッカの感情が暴発する。
「そうだよっ!自己満足だよっ!だって仕方ないだろう!おまえが本当に見ているものをオレは知ってんだから!」
「私が本当に見ているもの・・・?」
ミリアリアは頭を上げて目の前の宇宙空間を凝視した。
眼に映るのはガラスの中にいる自分と・・・そしてディアッカの姿だ。そして今自分と同じものをディアッカが見ている。
「よく見ろミリアリア!今、おまえの眼には何が映っている?」
声も荒くディアッカが言うそれは、最近滅多に見せなくなった炎のような彼の感情の塊だ。
「良く見ろミリアリア。おまえが見ているものはガラスに映る虚構の世界さ。そのガラスに楽しかった思い出を映して見ているんだ」
「思い出を・・・映す?」
ディアッカの吐き出す言葉にミリアリアは鸚鵡返しの言葉を紡ぐ。
「おまえはそのガラスに楽しかった毎日を映しているんだ。星を眺める振りをしてね」
「あいつは・・・トールはもうこの世にいないっておまえはちゃんと解かっている。でも・・・おまえの眼はこうしてガラスに映るオレを通り越して奴の姿だけを追っている」
そういいながらもディアッカはミリアリアを抱く力を緩めようとはしなかった。
「結局おまえはトールだけを見ているんだ。忘れられるわけがないってことも解かっているんだよオレだって。そうさ頭の中ではちゃんと解かっていることなんだけれどさ・・・」
「でもオレは虚構じゃない。トールが幸せだった想い出の中の虚構ならオレはおまえの何なんだ?」
「オレはおまえの1番辛い現実の中で生きている。まるでおまえを傷つけるだけの刃物のような存在こそがオレだ」
背中から抱いていたミリアリアをディアッカは己の正面に向けた。
「よく見ろよ。これがおまえの現実だよ。おまえの1番辛い現実がここにあるんだ」
真上からミリアリアを見下ろすディアッカの顔。
額にはミリアリアが振り下ろしたナイフの傷後がまだ生々しく残っている。
浅黒い艶やかな肌と豪奢な金の髪、そして長い睫に縁取られた黒紫の瞳。
もう何度も見つめた秀麗な美貌のコーディネイターの姿がそこにあった。
「どう?これでちゃんとオレの顔を憶えてくれた?」
長い睫を伏せて、これ以上はもう出せないような優しい声でディアッカは言った。
「ディアッカ・・・?」
「オレが死んだら今の顔を思い出して。トールの後でいいからさ・・・」
そのままミリアリアの頬を包み、唇にキスをしようとして・・・ディアッカは不意にミリアリアを包み込む腕を解いた。
「やっぱりこ〜いうのってズルイよな〜!」
クククと笑うディアッカはもういつものちょっと軽薄な印象のままの彼に戻っていた。
「ずっとこのまま一緒にいたいけれどさ?また演奏料よこせってバカなコト言っちまいそうだから先に戻るよ」
パチリとウインクをひとつキメてディアッカは足音も立てずに闇の中に紛れていった。
Lies and Truth.
何が真実で何が虚構なのか・・・それは今だミリアリアには解からない。
死んでしまったトールが幻ならディアッカは現実なのか?
それともディアッカが幻でトールこそが真実だとでもいうのだろうか?
今日、明日には死んでいるかもしれないこの身だというのにミリアリアの心は揺れている。
Lies and Truth.
虚構と真実が入り混じったガラスの中の世界の果てで、ミリアリアは今日という日を生きているのだ。
そしてまた・・・それはきっとディアッカも同じ。
───Lies and Truth.
それはきっと果ての無いガラスの迷路・・・。
(2004.9.10) (2006.6.5 大幅に修正改稿) 空
※サイトを立ち上げたときから題名だけは掲載されていたお話の改稿版です。
私が書いた話の中ではノスタルジア(10)と同時期の古い作品です。『Lies』 『ノス(10)』 『ON TOP』は根底部を同じとす
るもので、ここに『The In・・・』をはめ込むとそれだけで話が繋がるようになっていました(当初では)
題名はラルク・アン・シエルの名曲からお借りしました。この頃のふたりって迷路の中にいるようなものじゃないでしょうか、
そしてこれは『寸止め』のディアッカ話。相手に自分を強く印象づけるのには最も効果的なやり方です。やっぱ狡猾なんですよ彼は。
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