19: 春
停戦から再び春が訪れる───。
熱帯のオーブ本土に四季はないのに・・・それでも思い出す春の情景がある。
「プラントに戻るよ・・・」
そう彼が私に告げたのは十一月の雨降るオノゴロの軍港。
AAで彼と出逢い・・・別れを迎えるまでの僅か半年余りの日々は、たとえ生と死の狭間でひたすら前に向かって進むという過酷なものであったとしても、生きている・・・ただそれだけで宝石のように輝いていた毎日だったのだと今なら思うことができる。
一年前・・・「見送って欲しい」とせがまれて同行したザフトの基地はまるで春を迎えたかのように咲き乱れる花の嵐。
横にいる彼は、鮮やかな真紅のザフトの軍服に身を包んでいた。
少しくせのある金髪に長い睫に縁取られた紫の瞳と明るい褐色の肌。
見慣れた筈の・・・それでも見るたびに心ときめかせる端整で凛とした彼の容貌に映える真紅の軍服姿。
私の肩を抱く彼の背丈は軍靴の踵の分が加わって更に高く、見上げるようにしないと会話が出来ないのがとても不思議だった。
「とっておきの場所に案内するよ・・・」
そう言う彼に連れてこられたのはどこまでも続いていると錯覚させられるような桜並木・・・。
既に満開の時期は過ぎ、はらはらと散り行く花びらは薄紅のベールのようにあたりを覆いつくしてゆく。
その荘厳な美しさに・・・私は息を呑んだ。
ごうごうと風が吹くたび地面に落ちた花びらが宙に舞い上がる・・・。
舞い上がった花びらは風に乗って再び地面へと降り注ぐ・・・。
まるで桜色の雨・・・。
風に乗って私の髪に纏わりついた花びらを、傍らの彼が笑いながらひとつひとつ取り除いてくれた。
そのまま抱きすくめられ頬と額にひとつずつキスを落とされる。
幾度と無く繰り返されてきた彼の行為なのに・・・それが特別なことのように思えて涙が頬を伝ってゆく。
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やがていつもの軽い斜に構えた顔つきで、これからちょっとそこまで買い物にでもしに行くように彼は言った。
「大丈夫。約束しただろう?ちゃんとおまえの許に帰ってくるから・・・」
だから待っていて欲しい・・・と耳元で囁くと、彼は軍服のポケットから小さな何かを取り出した。
私の左手首を彼の大きな手のひらがそっと包み込む。
手の甲に小さくキスを落とすと薬指にプラチナの指輪をはめ、私を驚かせた・・・。
プラチナのベースに小さなダイヤモンドとアメジストがはめ込まれ、月桂樹の葉が刻まれている指輪は・・・華やかで豪奢な印象のある彼が選んだものだとは思えない・・・そんな清楚なデザインのものだった・・・。
「じゃ・・・オレの指にもはめてくれる?」
私に指輪を渡して彼が自分の左手を差し出す・・・。
そのとき、私は指輪の内側に何か文字が刻まれていることに気がついた。
『Love Knot M to D』
「どんなに離れていても強い絆で結ばれているとオレは信じているから・・・」
私は泣きながら彼のしなやかな長い指に指輪をはめた。
「おまえの指輪にも同じ言葉を刻み込んだんだ。D to Mになっているけれどね・・・」
あとわずかで日没になる逢魔が時の夕暮れのなかでふたりだけで交わした未来の約束。
キスをしようとしたら・・・背伸びをしないと彼に届かなくて・・・何故かとても悔しかったのを憶えている。
真紅の軍服を纏い、金髪が西日でオレンジに染まっていた彼の姿・・・。
───それが・・・私の見た最後の彼の姿だった・・・。
彼と別れたのは・・・あたり一面桜色に煙る春のようなカーペンタリア・・・。
真紅の軍服の裾が風に靡き、桜の花びらが彼の姿を斜めに横切っていった・・・。
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幾度かの季節が巡り、カーペンタリアに再び春色が訪れる・・・。
今、私は一年前に彼と別れた場所で桜の花を眺めている。
三日前にメールが届いた。
「あの場所で待っている」とだけ綴られた他には何もない文面・・・。
あの日と同じように煙る桜の向こうで私を呼ぶ声が聞こえた・・・。
「 」
振り向くとそこにいるのは・・・。
(2005・8・5) 空
※桜姫さま、大変お待たせ致しました。『桜色舞う頃』をイメージした桜関係の話・ディアミリで赤服付・・・をお届けします。
桜を使ったお題はディアミリでも定番中の定番ですね、よその素敵サイト様でもいい作品がたくさんあります。
日本を舞台にした話も多いので、他にいいところはないかな・・・と探して見つけたのがカーペンタリアでした。
オーストラリアのシドニーや、マレーシア、フィリピンには桜があると聞きましたので、位置的にはどうにかなるかな・・・ということですね。
題名は『春』しか思いつかなかったものですから『30のお題』としても書かせていただきました。
ディアッカのイメージを『桜』に例える方が多いですが、実は私もそう思っています。
『雨に紛れて・・・』のあとにはこんな情景もあったかもしれません。
ちなみに「Love Knot」とは「絆」という意味です。
リクエストありがとうございました!
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