遺伝子というものはとかく厄介なもので、何かの拍子に悪戯し、時には「あっ!」と驚くような現れ方をしたりする。
それは良いこともあるし、できれば遠慮したい類のものまでさまざまだが、大方の人間が願うことはより良いところをより多く受け継ぎたいということではないだろうか。
そんな遺伝子も今では人工的に手を加えて、コーディネイターと呼ばれる潜在能力の高い者を生み出すまでに至っている。
しかし・・・前述したとおり、遺伝子というものはとかく厄介な悪戯者だ。
人工的に手を加えたからといってもそれらが全て高い能力を引き出すとは限らないし、逆に全くの自然体、俗に言うナチュラルとしてこの世に生を受けた者であっても才能に恵まれていたりする。
エクスクラメーションマーク!
ここは南海の至宝と呼ばれるオーブ連合共和国。
地図上では何の変哲も無い小さな島々から成る小国家だが、その軍事力の高さと豊かな経済力、そして元々が他民族国家であるため、人種に対しての偏見も少ない永世中立国として知られている。
国家を担う若者はナチュラルも、そしてコーディネイターも数多く存在するが、正直外見だけではどちらなのか判別のつかない者もいる。
例えばミリアリア・ハウというこの少女。
れっきとしたコーディネイターであるにもかかわらず、その容姿や能力はナチュラルと比べて特に秀でているところもない。
しいて言うならば茶色のくせ毛とオーブの海を模したような瞳が愛らしいことだがこれとて特別という程でもない。
反対にミリアリアと同じ学校に通う1学年上のディアッカ・エルスマンなどは間違いなくナチュラルとして生まれた者。
なのにその容姿はまさに遺伝子を弄繰り回したような造形美の集大成だし、加えて素晴らしく頭も良い。
そんな二人が実は恋仲で、しかもディアッカのほうがミリアリアにご執心とあらばそれはそれ、結構話題となっている。
───ミリアリア、待たせてごめん。
夕暮れの昇降口でぽつんと立っているミリアリアの姿を見つけ、ディアッカはすまなさそうに頭を掻いた。
「・・・いいわよ。いつものことじゃない?あんたが女の子にひっかかっているのはね」
ミリアリアは意地悪気にディアッカを見上げる。
ずっと見ていたのだ。ディアッカがミリアリアのクラスメイトから何かを告げられている様子を。
「あーそーですか!ずっと見てたのね貴女様は」
「相手がいるって分かっていても回りがあんたを放ってはおかないんだから仕方ないか・・・」
大きく溜息を吐いてミリアリアは下を向く。
思い起こせば3ヶ月前、ミリアリアのクラスに突如ディアッカが現れたことから全てが動き出したのだ。
ミリアリアより1学年年長のディアッカという男はあらゆる意味で既に学校中に名前が知られた存在であった。
何よりもまずその容姿が人目を惹いた。
南国の人間特有の浅黒い肌に何故か宝玉の如き紫の瞳。それだけでも不思議な感覚を憶えるというのに、更にこの男の頭髪は見事としか言い様のないほど豪奢な金色。
スッと通った目鼻立ちも明らかにアーリア人種特有のもので、それは他の追随を許さない程の美を彼に与えた。
遺伝には優性遺伝と劣性遺伝というものがあり、外見上のものは一般に色素の濃いものほど受け継がれやすい。これが優性遺伝子と呼ばれているものだ。
つまり白い肌よりは黒い肌、紫の瞳よりはより濃い色の黒い瞳、明るい金髪よりはブルネットや黒髪のほうが優性である。
ところがディアッカの場合は浅黒い肌のみが優性遺伝で、他は皆劣性遺伝子の塊と言っても過言ではない。
加えて頭脳の方もずば抜けて良いとなると「本当にディアッカってナチュラルなの?」という疑惑も当然あがる。
これは、彼の祖先にはさまざまな人種がいたという結果生じたことで、別に特記する必要はない。
ただ遺伝子の受け継がれ方が例を見ない程稀で、それが昨今のような事態を引き起こしているのだ。
そんな際立った容姿と才能をもつディアッカがどうしたことかミリアリアに好意を抱き、堂々とミリアリアのクラスにまで押しかけ満座の中で大胆にも「交際宣言をして周囲を威嚇(脅迫)し、彼女の返答を待たずにキスまでしてしまった!」事件は当時学校中を大きく賑わせたばかりでなく、「人の好みっていろいろあるのものだ・・・」と考えさせられる機会にもなった。
一方、ミリアリアの方はと言うと。
母親の病弱な体質の遺伝子を排除して、まず健康体で生まれてくるようにコーディネイトされている。
病気になりにくい体質になることに重点を置かれた結果、多くの親が子供に求めた容姿や潜在能力への遺伝子操作はされていない。その理由はミリアリアの父が持つささやかな資産ではミリアリアを健康体にコーディネイトすることだけで精一杯だったのである。
結果、彼女はコーディネイターとはいっても「遺伝子操作で健康体になった」というだけの、健康なナチュラルの子供と何ら変わらない生を受けた。
ありがたいとは勿論常日頃からミリアリアは思っている。病弱な母を今も大切にしている父親の愛情の深さ、そして出産は不可能とまで言われた母が自分をコーディネイトしてまで生んでくれたことを感謝している。
だが、周囲はミリアリアがコーディネイターであるということだけで妬み、更に羨望の眼差しを向けた。
当然普通のコーディネイターなら持っているであろう様々な才能や能力をミリアリアに期待した。
しかし・・・潜在能力をコーディネイトされていない彼女はいつまで経ってもナチュラルのそれと変わりなく、容姿も人並みのものでしかなかった。
───だからナチュラルとはいっても、コーディネイターのような秀麗な容姿を持ち、才能もあるディアッカ・エルスマンがどうしてコーディネイターとは口ばかりであるこんな平凡な自分のどこを好きになってくれたのかミリアリアには理解できない。
「何考えてるのミリアリア」
出し抜けに声を掛けられてミリアリアは言葉に詰る。
先刻、ミリアリアのクラスメイトがディアッカに告白していた様子を思い出していただなんて。
そして、その娘のほうがナチュラルでもミリアリアよりずっと綺麗なのにだなんて。
そんなことはディアッカに言えない。
(どうしてディアッカは私を好きになってくれたんだろう・・・)
ミリアリアの不安を察してか、ディアッカはミリアリアの肩を優しく引き寄せると、
「オレがおまえのことを好きになった理由。その答えはおまえの中にちゃんとあるよ」
艶やかな声でミリアリアにそう囁いてディアッカは優しくキスをおとした。
**********
───なぁ、ディアッカ。おまえって蹴飛ばしてくなるくらいモテるのにさ?
何好き好んであんな擬似コーディネイター女なんかと付き合うのかねぇ。
選択授業でいっしょになる上級生のミゲル・アイマンがボーッと空を見上げながらディアッカに言う。
それに対し、ディアッカはクククと笑いながら「そんなのオレの勝手ですよ」と受け流し、眼下に広がる校庭の一点だけを楽しそうに見つめていた。
ミリアリアが走っている。
持久走でもしているのだろう。
数人の女生徒と同時にスタートしたのだが、ミリアリアは他の走者にどんどん遅れをとり、ついにビリとなってしまった。
それでも彼女は走るのを止めない。遠目でまはっきりわかるくらい真っ赤な顔をして走っている。
別に公式の記録になるものじゃない。ただの授業の間でのことだ。けれどもミリアリアは必死で皆に追い着こうとしている。
(ほーんとよく頑張るよな・・・)
呆れて溜息をつくディアッカだが、ミリアリアを見つめる瞳は優しい。
そう・・・あの日のミリアリアもそうだった。
もう半年近く前のことだ。ある休日、ディアッカは自転車に乗って歩道を疾走していたのだが、その途中前方を歩いていた少女に気付くのが遅れて不覚にも少女にぶつかり転倒してしまったことを思い出す。
**********
「っ・・・痛てぇ・・・」
腕をさすりながらふと周囲を見渡すと、ディアッカの眼前に自分がぶつかったその少女が倒れていた。
「おいっ!大丈夫か!」
慌てて少女を抱き起こすと膝から血が滲み出ていることに気付く。
更に着ている制服と胸のリボンタイからこの少女が自分と同じ高校の1学年下の生徒だと判った。
ディアッカに抱き起こされた少女は、ぱちくりと瞬きをし、すぐ目の前に見知らぬ男の顔を認めてほんの一瞬躊躇した。
「す、すみません!ちょっと考え事をしていて・・・」
少女はそこで言葉を切った。
「やだっ!ごめんなさいっ!」
少女は路上に投げ出された自分のバッグを手繰り寄せて中を探る。男の手の甲に擦過傷をみつけたのだ。
「ちょっと痛いと思いますが我慢してくださいね」
その言葉が終わらぬうちに、少女はディアッカの手を取るとカット綿に液体を浸したキットでポンポンと叩く。
アルミパックされていたそれは携帯用の消毒綿らしく、ディアッカの甲に触れた途端白い泡がジュワッと痛みとともに広がっていく。
少女の施してくれた処置はお世辞にも手際が良いとは言えなかったが、ディアッカは黙って少女の処置を受けているうちにもっと大事な事を思い出した。
「おい!オレよりおまえの傷の方が酷いじゃないか!こっちはいいからちょっと膝を見せてみろ」
ディアッカは少女の膝に滲んでいる血を拭き取ろうとして自分のポケットに手を入れたが生憎少女の手当ての助けになるようなものは何も持っていなかった。
「あ、大丈夫です。自分でやりますから」
少女はそそくさと自分の膝を閉じる。転倒した拍子にスカートが捲れ上がり太腿のきわどい箇所まで露出していることに羞恥心を憶えたのだ。拒絶され宙に浮いたディアッカの手はそれでも少女の足を捉え、「ちゃんと動くか?」と、短い言葉をかけながら少女がまだ持っているであろう消毒キットを出すよう促す。
ディアッカに求められるまま少女は消毒キットを手渡すと、ディアッカは少女よりも数段手際よく、膝の応急処置を施して少女を更に驚かせた。
「どうだ、立てそうか?」
ディアッカは少女の手を取りそっと立ち上がらせてると口の端にとても柔和な笑みを浮かべた。
「・・・だ、大丈夫です。それよりすみませんでした。私本当にボーッとしててしょっちゅう転んでばかりいるんです」
「・・・そうなの?だからこんなものまで持ち歩いているって訳?」
使用済みの消毒キットをプラプラさせてディアッカは少女の反応を楽しんでいる。
しかし、少女はそんなディアッカのからかいを他所に、顔を真っ赤にして俯きながら、「すみません、用事があるのでこれで失礼します。怪我させてしまってごめんなさい」と言葉少なく返事をすると、すぐさま雑踏の中に紛れてしまった。
「あ・・・」
ディアッカは慌てて後を追おうとしたが、休日の街角は混雑しており、自転車を倒したままにしている自分自身がまずその場から退かねばならなかった。
それにしても、今日は休日だというのに少女はどうして制服姿でいたのだろう。それよりも同じ高校に通う自分の、ディアッカに気付かなかったのは何故なのか。これでも自分は校内きっての有名人なのに。そう思いつつディアッカは自分の格好に苦笑いする。
今日の自分は制服を着用していないうえに目立つ金髪も帽子で隠しており、ご丁寧にもサングラスまでかけている有様。
(そうか・・・こんな格好じゃ判らないかもな・・・)
小さく溜息を吐いてふと傍らを見ると、自分が先程まで耳に装着していた携帯の音楽プレーヤーが転がっている。
(悪いことしちまったな・・・)
ディアッカはその小さな音楽機器を拾い上げてじっと見つめた。
少女の存在に気付かなかったのは、大音量で音楽に聴き入っており、そちらに気を取られたからで、実は少女の方に非などこれっぽちもなかったのだ。謝らなくてはいけないのは自分の方だ。なのに少女は健気にもディアッカの傷の手当てをしてくれた。
(可愛い娘だったな・・・)
お世辞にも美人とは言えなかったが、とても清楚な感じにディアッカは好感を持った。
翌日からディアッカはひとり昨日の制服の少女を探し始めた。少女のリボンタイの色で彼女は1年生だとそこまでは解っているのだが、1年は8クラスもあってさすがに少女がどのクラスかまでは判らない。
それに容姿の目立つディアッカが度々1年の校舎を訪れていれば妙な噂にもなるだろう。
こっそりと少女の所在を調べるにはどうすれば良いか?
(そうだ!)
いろいろと思案した挙句、ディアッカは自分の後輩を使って探し出すことを思いついた。1年には自分の後輩が3名いた。まずこの3人を呼び寄せて、『膝に傷を負っている茶髪で蒼い瞳』の少女がいるかどうかを訊ねてみると、3名の後輩のうちひとりからあっけなく『知っている』との返事があった。
ニコル・アマルフイという後輩のクラスメートで、聞けば少女の名前はミリアリア・ハウ。
なんでも休み中に路上で転んだと言って膝に大きな絆創膏を貼って来たが、転んだ理由までは言わなかった。
ただ、この日はかねてから予定してあったアルバイトの面接があり、転んだことが原因でバスに乗り遅れた為に面接時間に間に合わず、結局面接はお流れになってしまったと首を竦めて笑っていたということだ。
(そうか・・・)
あの時、少女、いやミリアリアはそんなことをおくびにも出さなかった。
休日に制服を着ていたのだからそれなりの理由があったのだろうとは思っていたがまさか面接だったとは。
ディアッカが心底済まなそうに眉根を曇らせると、勘の良いニコルはニヤリと笑ってディアッカを問うた。
「あれ?どうしたんですか先輩?もしかしてミリアリアに一目惚れしちゃいました〜?」
「んなんじゃねぇよ!」
「それに・・・先輩の手の甲も傷がありますよねぇ・・・あれぇ〜?」
「関係ねっつーの!それよりお前らもう用は済んだから戻っていいぜ」
ディアッカはしっしっと後輩達を追い立てたがそれは逆効果になってしまった。
なぜなら勘の良いニコルはともかく、色恋沙汰には疎いアスランという後輩、普段はぼんやりしているキラという後輩にまで『ディアッカ先輩とミリアリアとの間には何かあったに違いない』と勘ぐられる結果となってしまったのだから。
───その日からディアッカはそれとなくミリアリアの行動を注視していた。
気を利かせたニコル達もさりげなくディアッカの前でミリアリアの話をした。
やがてディアッカはミリアリアの特異な出生を知ったが、そんなことはどうでもいい。
それよりも、ミリアリアは誰にでも親切で優しい少女だった。
今どきの女の子らしく制服のスカート丈を短くアレンジしていたが、まったく化粧気のない顔は逆に彼女が健康であることを思わせた。
ミリアリアの行動や言動を注視すること3ヶ月。
ディアッカは突然ミリアリアの教室に姿を現し、彼女の目の前に立ち塞がると、唐突に言った。
『なぁ、お前付き合ってる奴っているか!』
いきなり「校内きっての有名人」にそう訊ねられて、驚きを隠せないままミリアリアがふるふると首を横に振るとディアッカは口元に艶然とした笑みを浮かべ、『だったらお前、今日からオレの彼女だからな!いいか!忘れるなよ!』と強引にミリアリア抱き寄せ、周囲が呆然と見守る中で1分以上に渡りキスを交わし続けたのだ。
常日頃からディアッカに思いを寄せる女は(年上のマダムから下は中学生の女の子まで)大勢いたが、ディアッカは歯牙にもかけなかった。自分から媚びてくる女なんて面白くも何ともない。中にはディアッカをコーディネイターだと勝手に思いこむ輩もいて、その都度ディアッカを辟易とさせた。どうでもいいじゃないかそんなことは。ナチュラルだと自分の価値が下がるとでも言いたいのか。
そんなディアッカだからこそ、いつも自然体のままでいるミリアリアに好意を抱いた。
一方的な彼氏宣言の後、ミリアリアは何度もディアッカに断りを入れたが、ディアッカはその都度『どうして!オレのことがそんなに嫌?』というばかりで結局いつの間にかミリアリアはディアッカの彼女ということになってしまった。
───さて、それから更に3ヶ月が経過した。
ミリアリアの様子をずっと見てきたディアッカは、彼女が自分を『あの日路上でぶつかった相手』だとはまったく気付いていないらしいことが愉快だった。
3ヶ月以上・・・ミリアリアのことが気になって陰から彼女を見つめていたことも知らないのだ。
何気ない仕草と行動、そして可憐な笑顔。
ディアッカはそんなミリアリアを見つめているうちに彼女に恋する自分の想いを自覚した。
なあ・・・ミリアリア。
『オレがおまえのことを好きになった理由。その答えはおまえの中にちゃんとあるよ』
『恋』という言葉を記号で表すならばハートマークが妥当だが、ディアッカにとっての恋の記号は驚きを表す『!』エクスクラメーションマークこそが相応しい。
とにかくミリアリアという少女にはいつも驚かされてしまう彼。
『なんでだよ!』
『どうしてだよ!』
『別にいいだろ!オレがミリアリアに惚れていても!』
他人にミリアリアのことを酷く言われても、私の方が彼女よりずっと綺麗なのに!と叫ばれてもディアッカはミリアリアが好きなのだ。
エクスクラメーションマークばかりが並ぶ恋。毎日が新鮮な驚きの連続。
「いいじゃん!オレが好きなのはミリアリアだもの」
『恋は盲目あばたもエクボ』とはずっと昔から使われる言葉。
恋した理由なんて本人だけが解っていればそれでいいのだ。
ひとりクスクス笑うディアッカを横目に、傍らのミゲル・アイマンは(こいつ大丈夫かよ!)と大きな溜息の後にエクスクラメーションマークをつけ加えた。
『オレがおまえのことを好きになった理由。その答えはおまえの中にちゃんとあるよ』
それはディアッカだけが知っているミリアリアに恋する理由。
驚きの連続・エクスクラメーションマークに縁取られた素敵な恋の素敵なお話。
(2008.1.14) 空
随分と遅くなってしまいましたが『キリリク・ナチュラルディアッカ&コーディミリィ』をお届けします。
ディアッカがあの容姿を持つ設定である限り、ディアッカ→ミリィの図式は絶対に変わらないだろうなぁー!と再認識いたしました(笑)
キリリクへ