二度目の大戦も終結して、まずは平穏な日常が戻ってきた。
もちろん戦後の処理、雑務は多いだろう。まだまだ世の中が平和になるには多くの困難が待ち受けているだろう。
そして生き残った人間は、未来を紡ぎ、再び希望に向かって歩き始めようとしている。






バスルーム・イリュージョン







停戦後、プラント本国からの要請を受けてラクス・クラインは再び故郷の地を踏むことになった。その警護には武官、ZAFTを代表してイザーク・ジュール率いるジュール隊がその任にあたる。よって、隊長不在のボルテール艦内を統率してAAとのコンタクトを担当したのは無論副隊長のディアッカ・エルスマンであった。彼個人は前大戦時にAAのクルーとして戦場を駆け巡っていた時期もあったので、AAとのコンタクトには最適任者だといえるだろう。実際、後に配属されたオーブ軍以外の主要クルーは皆、馴染みの深い面々なのだ。公務を離れて私人ともなれば、互いに懐かしさもこみ上げてくる。

ディアッカ・エルスマンは、AAのクルーであった当時に交流の深かったマードックやチャンドラ、そしてノイマンらと再会をした後、かつての乗艦だったAAに招かれていた。

なんとディアッカは、そこで自分を『振っちゃった!』と公言して憚らない(彼のなかでは振られたという認識が無いが)恋人のミリアリアとの再会をも果たしていた。

「・・・なんでおまえがまたAAになんか乗ってるんだよ!カメラマンの仕事はどうしちまったんだ?」

もしかしたら・・・との予感はあった。停戦時のAAからの通信オペレーターの声は聞き覚えがあり、ディアッカが隊長代理としてAAに名乗り出たとき、一瞬だが、オペレーターの声が止まってしまったことでも、もしかしたら・・・と思わせるものがあったのだ。

「あんたこそ何やってるのよ!ZAFTに戻ったのは聞いていたけれどまた最前線でMS乗ってるなんて・・・呆れたわよ!」

「相変わらずゴチャゴチャとうるせぇ女だな!少しは素直にならないと嫁の貰い手がないぜ?」

「あんたにそこまで心配される覚えはないわ。あたしたちとぉ〜っくの昔に別れた筈でしょ?あんたになんか関係ないじゃないの!」

「オレだっておまえに振られた覚えなんかねぇよ!別れただなんて勝手に結論出すなよな!」



───はいはい。ふたりとも痴話喧嘩はそこまでにしてちょうだい。再会直後からこれだけ話が弾むなら大丈夫ね?

「そんなんじゃありません!艦長!」

真っ赤な顔でミリアリアは艦長のマリューラミアスにくってかかる。

「ほ〜んとに困った女だよなあ。頑固で意地っ張りでさ?・・・ところで艦長。フラガのおっさん・・・生きてたんだって?アメーバ並みの復元力にびっくりだね」

「そんなアメーバだなんて・・・ディアッカくん?それはあの人に対してあまりにもひどいわよ?」

「・・・いいんだよ。オレたちってそういう仲だったからさ。でも・・・よかったじゃない?艦長は今度こそ幸せにならないとね」

「あら?そういうあなたたちも早急に仲を修復する必要がありそうじゃない?ミリアリアさん今すごくもてるから大変よ〜!」

「モテるって・・・?こいつが?」

ディアッカは傍らのミリアリアに眼を向ける。彼女はフフンと笑ってディアッカを見返していた。

「ええそうよ。ノイマンやチャンドラが狙っているからしっかり頑張らないと・・・」

「オレ以外にも物好きっていたんだねえ・・・」

ディアッカはふう〜っと、大きく溜息をついた。内心面白くない。なんのかんのいってもミリアリアはきっとモテるだろうとは思っていた。喧嘩別れしてからずい分経つが、本当は(他の男とデキていたらどうしよう・・・)などと悶々とした日々を送っていた彼なのである。

その様子をクスクスと笑いながら眺めていたマリュー・ラミアスは、思いだしたようにディアッカに告げた。

───そうそう、ディアッカくん。今ねえ、AAには温泉があるのよ〜?よかったら後で入るといいわよ?。

「・・・温泉?」

ディアッカが訝しげにマリューにたたみかけると、マリューはコクリと頷いて、それじゃ、またね・・・とディアッカの元を辞した。





**********





「へえ〜・・・AAの中に、こんなものいつ作ったんだよ?これって人工温泉だろ?『天使湯』だなんてずい分フザケたネーミングじゃないの?マードックのおっさん?」

「さあてなあ・・・誰の趣味なんだか俺にも分からねえよなあ・・・」

公務も終わり、ディアッカは今は私人としてマードックやノイマンの案内のもとに、艦長が言う所の『温泉』に来ていた。もの珍し気に辺りを見回して彼は笑った。
『天使湯』というフザケた名前の温泉。『戦艦に温泉作っちゃいました』だなんて冗談にも程があるが、呆れ返りながらもディアッカは笑いが止まらない。この余裕こそがAAの良さでもあるのだ。

「どうせだったら混浴にでもすればよかったのにな〜!そうすればミリアリアとも一緒に入れたのにさ?」

「エルスマン・・・おまえのそういうところって全く変わってないんだな。まあ・・・おまえには混浴でも男女別でも関係ないだろう?ハウがいればこの壁だってきっと越えてしまうんだろうから・・・」

ノイマンはディアッカに一瞥をくれるとさっさと服を脱ぎにかかった。

「ノイマンさんもあいつに気があるの?艦長が言ってたけれどさ?」

それに対してノイマンはクスリと笑い、ディアッカの耳元(!)で小さな声で囁いた。

(ハウの本命と争う気はないよ。『振っちゃった』だなんて・・・意地っ張りな彼女らしいよ)

「ああ。それが賢明だね。オレもノイマンさんをボコりたくないしね」

そんなふたりの会話を聞きながら、マードックはやれやれ・・・と言わんばかりに微笑んだ。





───と、そこへ・・・。





   『 きゃあああああああああああ〜!!!!!』


と、大きな叫び声がこだました。この声はミリアリアのものだ。

その声に反応して反射的にディアッカは慌てて隣の女湯に入っていった。

「どうしたんだ!」

ガラリとガラス戸を開けると・・・

「な・・・・!なんなんだこりゃっ!」

浴室の内部は霧がかかったように真っ白で何も見えない。煙のような白い蒸気がたち込めているが、熱源センサーに反応していないこれは煙などではないようだ。

「ミリアリアっ!どうしたんだ!大丈夫かっ!」

「ディアッカ!(やだ!ちょっと・・・困るわよ〜っ!)」

何しろ入浴中のミリアリアは真っ裸なのである。

だが、ディアッカはそんなこともお構いなしで、換気扇の機能を最大にするや、その足でバシャバシャと湯船に入ってきた。無我夢中だった。

自分の方に向かってくるディアッカに対してミリアリアは必死で遠ざかろうとする。だが、その姿は全く見えないので彼の居場所は声のする方向で判断するしかない。

「だっ!大丈夫だからこっちに来なくていいわよっ」

ミリアリアは必死で抵抗するが、逆にディアッカはその声を頼りにますます自分に近づいてくる。

「大丈夫な訳がないだろう!火事じゃなくても異常事態には違いないんだからっ」

ディアッカはようやく換気が利き始めて広がりだした視界の中でミリアリアの姿をボンヤリと捉えた、そして同時に湯船の異変の原因にも気が付いた。

(これは・・・)

見れば湯船の隅には氷のような塊が沈んでいて、それがお湯に反応してブクブクと気化しているのだ。

そして、これが何であるのか、ディアッカにはすぐに理解できた。

「・・・誰だよ!こんな所にドライアイスぶっこんだ奴は・・・・・・・・・・・・・・」

換気扇の機能が功を奏し、大事にはいたらなかったが、この気体は本来とても有害なのだ。

「ああ・・・よかった!大丈夫かおまえ!」

ディアッカは裸のミリアリアを抱きしめる。彼は心底ミリアリアの心配をして駆けつけたのだ、が。

「・・・・・・」

「ミリアリア・・・?」



   ばっち〜ん!



ディアッカの頬に赤く大きな手形が残った・・・。


「あんたがやったんでしょう!!こんな訳の分からない悪戯をやるのはあんた以外の誰がいるっていうのよ!」

「オレじゃねえよっ!マードックのおっさんとノイマンさんと・・・今しがたここに来たんだぜ?嘘だと思うなら確かめてみろよっ」

真っ赤に腫れ上がった頬を押さえながらディアッカは叫んだ。本当に自分じゃないのだ。

すると、隣の男湯から大きなダミ声が聞こえてきた。

「よ〜う・・・お嬢ちゃん!そいつの言うことは本当だぜ〜!お嬢ちゃんの声に慌ててそいつはそっちに行ったんだからそんな悪戯仕掛ける時間はなかったはずだぜ!なあ?ノイマン」

「ああ・・・!ハウ。不本意だけれどエルスマンはずっと俺たちと一緒だったよ。これは間違いない」



「・・・そんな!じゃあ誰がこんな悪戯を・・・」

その時、湯船の岩陰からバシャ・・・という水音がした。

「誰だ!」

ディアッカは手元にあった桶を素早く音のした方に投げつけた。

カッコ〜ンという音とともに見事に桶がヒットした相手は・・・。

「・・・痛っ」





「・・・フラガのおっさん・・・」




そこにいたのは髪も長くなり、顔に大きな傷もあったが間違いなく、『ムウ・ラ・フラガ』その人だった。
ディアッカの全身から力が抜けた。

「あんた・・・いい年してなんつ〜悪戯やってるんだよっ!」

「やあ・・・エロガキ!大きくなったなあ〜!もう背丈もオレと大差ないみたいじゃないの?マリューが言ってたんだよ!ディアッカくん凄くいい男になっていたって・・・」

「おっさん・・・オレそんなこと聞いてないよ?オレが聞きたいのはっ!どうしてこの女湯におっさんが潜んでいたんだってことだよっ!」

「いや・・・この間テレビでさ?ドライアイスの特集やっていってさあ・・・お湯に入れると気化するのが面白いと思ってちょっと・・・」

───ちょっと・・・?

「ざけんじゃねえぞっ!おっさん!この手のイタズラは入れる量を考えてからにしろっ!この分だと3キロはぶっ込んだだろう!それじゃ何にも見えねえんだっつ〜のっ!この面積とお湯の容積から計算すれば500グラムが妥当だって!少しは頭を使えよなっ!こんなに固形のドライアイスブッ込んじゃ見えるものも見えねえよっ・・・!入れるならパウダータイプにしろって!ったく・・・!オレの媚薬で懲りてね〜のかよ!こういうイタズラは分量が決め手なんだって!どうせやるんだったらオレに相談してからに・・・」

ディアッカは一気にまくしたて、フラガを責めた・・・と、その背後で水音がしたかと思い、振り向くと・・・。



   ぶぁっち〜んんんんんん・・・・・・!




「それがあんたの本音なのねっ!ずい分いろいろなイタズラに詳しいんじゃないの!」




ディアッカの反対側の頬に新たな赤い手形がくっきりと・・・。
更に鮮やかに残ったのは言うまでもなく・・・。




自業自得のやぶへびとは・・・こういう事なのだとディアッカは思うのであった。









  (2006.5.8) 空

  ※ 実話です。本当に危険ですので絶対に真似はしないでください(えー)
     そして、「兄貴」は本当はマリューさんにやりたかったのだと・・・(でもどうやって女湯に・・・?)
     ミリィで実験してみたのでしょう!「媚薬:PART3」とでも申しましょうか・・・(爆)。



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