クサナギ、エターナルの2隻と合流し、コロニー・メンデルを後にして早2ヶ月のAA。

とりあえず大きな戦闘もなく、ラクスとその配下の援助で当面の生活も落ち着きを保っている。
ジャンク屋の出入りも激しく、少々(というか、かなり)割高ではあるが、必要な物資や娯楽品、嗜好品も購入出来てクルーは、まあそれなりに有意義な束の間の平穏を楽しんでいた。



Apple




今朝の食事には豪勢な事に『生のリンゴ1/2サイズ』が出されていた。
ラクスの好意でジャンク屋から箱で分けてもらったものだが、通常こういった嗜好品は冷凍ものが殆どだし、この戦時下では望めるものではないので、クルーは皆嬉しそうに口にしている。

ミリアリアもそのひとりで先ほどから嬉しそうにリンゴを眺めている。
食べようとは思うものの、ちょっと勿体無くて手にしてはトレイに置く仕草を繰り返すばかりだ。
そんな彼女の様子を隣に座って黙って見ていたディアッカが遂に呆れてひと言ポソリ。

「なあ・・・さっさと食っちまったほうがいいぜ?変色したら美味いものもマズくなっちまうだろ?」

「だってリンゴが半分もあるのよ。勿体なくて食べられないわよ・・・」

「あのなあ・・・気持ちは解るけれどさ。食べてやんないともっと勿体ないぜ?」

「うん・・・」

ディアッカの言葉にミリアリアもようやく食べる決心をして口に運ぼうとしたその瞬間。

───ドン!

誰かが背後からミリアリアにぶつかったのだ。
その拍子にリンゴはミリアリアの手から飛んで行き、運の悪いことに通りかかったチャンドラがそれを踏んだ。

(・・・あ・・・)

チャンドラは踏みつけたリンゴを拾い上げて済まなそうに謝罪した。

「あ・・・ゴメンなハウ!リンゴ踏んじゃった!賄いに言えばまた貰えるよ!」

そういうチャンドラの声に賄い方が返事をした。

「ごめん・・・数が限られているから余分にはないんだよ!お嬢ちゃんカンベンね~!」

その声にガックリとうなだれるミリアリアに対し、ディアッカは情け容赦の無い冷たいひと言を投げた。

「だからとっとと食っちまえって言ったんだよ・・・まったくおまえはバカだよな」

「・・・解ってるわよ・・・さっさと食べなかった私が悪いんだからちゃんと諦めるわよ・・・」

「そうだな」

ディアッカは間髪をおかずに呟いた。



───あ、エロガキこんな所にいたのか・・・。

声の主はムウ・ラ・フラガ。

「おまえエターナルに呼ばれてるんだろう?そろそろ時間じゃないのかい?」

ディアッカは慌てて時刻を確認する。

「わ!ヤベっ!もうこんな時間なのかよ・・・早く行かないとラクスはうるさいんだよね。それじゃ悪いケドお先に!」

スクッと席を立つといつものようにミリアリアの額と頬にキスをひとつづつ落とし、ディアッカは食堂から出て行った。





**********




リンゴが食べられなかった事なんて些細な事だとは思う。

だが、それにしても・・・。

朝のリンゴは残念だった。
ミリアリアは眼の前の夕食のトレーを眺めながらひとり思う。
さすがに朝のような豪勢なデザートはなく、冷凍もののゼリーがちんまりとトレーに乗っているのが寂しかった。

(ディアッカの言う通り・・・食べられる時にさっさと食べちゃえばよかったのよね・・・)

いつもならこの時間ミリアリアと一緒に夕食を食べているディアッカは、まだエターナルから戻ってきてはいなかった。
ラクス・クラインの要請でエターナルに赴いたと言うのだが、それはちょっとおかしいのではないかとミリアリアは思う。
何故ならエターナルに乗っているのは皆コーディネイターなのだ。
AAのように乗っているのがナチュラルばかりなら、ディアッカの能力は不可欠だが、エターナルではそんなに必要ではないだろう。
もちろんディアッカの能力はコーディネイターの中でも群を抜いていることを(実に癪なのだが)ミリアリアも知っている。
でも・・・エターナルにはキラが、そしてあのアスラン・ザラが乗っているのだ。

(まったく何やってるのよ・・・)

ミリアリアは無意識のうちにディアッカがここにいない事に苛立ちを覚えていた。
側にいればうざったいディアッカも、こうしていなくなってみると妙に寂しい。

(これじゃまるで・・・私がディアッカがいないことを気にしているみたいじゃないの・・・!)

夕食のプレートに乗ったハムに、ついフォークを突き立ててしまう自分に気が付いてミリアリアは苦笑いをした。




**********




───何?おまえまだ夕飯食べていたのか・・・?

その声にミリアリアは思わず上を向いた。

「あ~あ!いつも言っているだろ?食べ物を粗末にするなって!そのハムエッグちゃんと食えよ!」

噂をすれば陰・・・ではないが、ディアッカがエターナルから戻って来たのだ。
いつものようにミリアリアの隣に座るとディアッカは手にしていたコーヒーをひと口啜った。

「何よ・・・ずい分遅かったんじゃない?」

いつもの事ではあるのだが・・・どうしてもディアッカに対してミリアリアは頑なな態度を崩せない。
本当は『お帰りなさい』と言いたかったのに。

だが、ディアッカは別段気にした様子も無くミリアリアの顔を眺めている。
素直になれないミリアリアの性格なんてとっくに把握しているかのようにクククと片頬で笑ってこう言った。

「何・・・?オレがいなくて寂しかったって?」

「そんなんじゃないわよっ」

他人が聞いたら赤面するようなセリフを、何の臆面もなくサラッと口にするこの男の神経がミリアリアには理解出来ない。

「・・・もっと素直になってくれると嬉しいんだけれどねえ・・・」

「私は充分素直ですっ!あんたがおかしいだけよっ!」

まったく・・・傍から見れば呆れるばかりの痴話ゲンカである。




───ところでさ・・・この後おまえヒマなんだろ?

ディアッカの投げかけた言葉を捉えてミリアリアは訝しげに顔を上げた。

「何よ・・・なんか用でもあるの?」

「用があるから聞いてるの!まあ1時間もあれば済むからさ?ちょっとオレの部屋まで来て欲しいんだよね」

「なんであんたの部屋まで行かなきゃいけないのよ!ここじゃダメなの?」

その言葉に対し、ディアッカはあっさりと『ダメ!』のひと言。

「さすがにここじゃマズイんでね・・・とにかく来いよっ!ほら立って!」

「ちょ・・・ちょっと待ってよ!トレー片付けなきゃ・・・!」

「大丈夫だよ!厨房のオッサンがかわいいおまえの使ったトレーなら喜んで片付けてくれるって」

「そんなムチャクチャな・・・!」

「ほら、いいから早く来いよ!」

強引にミリアリアを立たせるとディアッカは、彼女の腕を引っ張ってそのまま食堂から連れ出した。

その様子を眺めていた厨房のクルーはただ、『しゃ~ねえなぁ・・・』と笑うばかり。





**********





───ディアッカの私室は士官居住区の一番外れにある。

人通りも殆ど無い静寂な空間は不思議な事に妙な落ち着きで満ちている。

「ほら、入って」

ディアッカはミリアリアを押し込むように自室に招き入れた。

「もうっ!あんたってなんでいつも強引なのよっ」

「だってこれ位強引にやらないとおまえはオレの所なんか来ないじゃんよ」

「・・・別に・・・そんなつもりじゃ無いわよ・・・」

そう言ってちょっと拗ねた仕草を見せるミリアリアはとてもかわいい。

「まあ、とにかくそこに座って」

ディアッカが促したのは彼のベッドの端。
ここには確か椅子が一脚あったはずだが、どういう訳か見当たらない。
ミリアリアは仕方なく言われるままにベッドの端に腰を下ろすと、ディアッカもその隣に座り込んだ。

ディアッカはクククと片頬で笑うと更に面白おかしくミリアリアに懇願。

「じゃあ・・・今度は眼を瞑って手を出して」

「な・・・なんでそんな事・・・」

「はい。いいからいいから」

「何なのよいったい・・・」

訳も解らないままミリアリアはディアッカの言う通りに眼を瞑ってその手を彼に差し出した。

「カチャカチャ」と金属が擦れる音がして何やら手首に冷たい感触が広がる。

(なんだろう・・・)

ミリアリアは不思議がるものの、薄目を開けて確かめようとまでは思わないあたりが素直な証拠。
ディアッカはそんなミリアリアを眺めてつい笑いを誘われる。

「ほら・・・もう眼を開けていいよ」

ディアッカの言葉にそっと眼を開けると・・・ミリアリアの手首にあったのは。

「・・・これ・・・腕時計?」

そう。ミリアリアの腕に巻かれていたのは銀色の飾り鎖にやはり銀色の文字盤。時針と秒針の先がリンゴのデザインで、綺麗な赤い石がはめ込まれている可愛らしいアナログデザインの腕時計だった。

「ああ。かわいいだろう?ラクスに頼んでおいたんだ・・・」

「どうして・・・」

「あれ?オレの思い違いだった?この間オレと一緒にバスターに乗って・・・そこまでしてエターナルに行くのは腕時計が欲しかったからだって思ってたんだけれど・・・」

「・・・どうして解ったの・・・?私誰にもそんな事言ってなかったのに・・・」

ミリアリアは心底驚いた・・・。何故彼は自分が腕時計を欲しがっている事を知っていたのだろう。

「おまえは時間を細かくチェックするクセがあるからね・・・。時計がある場所ならいいんだけれどさぁ・・・無いと置いてある場所まで確かめに行くだろ?だから腕時計を欲しがっているって・・・そう思ったんだよね」

パチンとひとつウインクを投げてディアッカは艶然と微笑んだ。

「あ・・・ありがとう・・・。ところでいくら払えばいいのかな・・・これ」

「何言ってんの!それはオレからのプレゼント。ほら?この間バスターで怖い思いさせちまっただろ?まあせめてものお詫びだと思って?」

あっさりと言ってのけるディアッカにミリアリアは慌ててかぶりを振った。

「だってこれ・・・ジャンク屋で買ったら3倍はするってフラガ少佐から聞いてるのよ?3倍だなんて・・・私だって貯金はたいて買うつもりでいたんだから・・・。それにあんたはお金なんて殆ど持ってないじゃないの!」

「だからエターナルでさ?ラクス個人の仕事を請け負ったんだよ。それは仕事の報酬で買ったってワケ」

「じゃあ・・・今日ずっとエターナルに行っていたのは・・・これの為・・・」

ミリアリアは腕時計を見つめて・・・そのまま言葉を詰まらせた。

「ま、アルバイトってとこかな」

ディアッカはイタズラっぽい表情をミリアリアに向ける。

「だったらなおさら貰えないわよ・・・。あんたが1日働いた報酬じゃない・・・」

「あ~あ!おまえはどうして男ゴコロが解らないんだろうねぇ・・・いいか?オレはその時計をおまえに買ってやりたくてさ?お仕事に励んだっつ~のっ!」

ディアッカはすかさず言葉を続ける。

「もっともね、おまえのことだから絶対素直には受け取らないとは思ったんだよ」

「でもさ・・・これくらいはしてもいいだろ?好きなオンナのコへのささやかなプレゼントなんだからさ・・・」

「戦時中でなかったらパーティドレスの1枚くらい買ってやりたいのにさ・・・こんな小さな腕時計なんだぜ?」

「ディアッカ・・・」

「それに今更突っ返されても返品出来ないんだからさぁ。そのままおまえの腕にしといてよ?」

「でも・・・」

「いいから。あ・・・それと・・・」

傍らにあった紙袋の中をガサゴソと探って、そのひとつをディアッカはポンと軽くミリアリアに投げた。

ポスッと音をたててミリアリアがキャッチしたそれは・・・。

「・・・りんご!」

そう。ディアッカが投げたのは真っ赤なりんご。

「ラクスから貰ったんだよ。おまえに食べさせてやれってさ。あとクッキーとかパウンドケーキもなんかもあるから」

ディアッカはそう言って紙袋ごとそっくりミリアリアに手渡した。



「はい。オレの用事はこれでおしまい。もう部屋に戻っていいぜ?」

「・・・・・・」

「どうしたのミリアリア?早く持って帰ってゆっくり食べろよ」

いつもの皮肉気な笑いではなく、柔和な視線をミリアリアに向けてディアッカは言った。

だがミリアリアは俯いてぶっきら棒に言葉を返す。

「ねえ・・・あんたの部屋お茶くらいあったわよね・・・」

「ん?ああ・・・あるけれど?」

「だったら私にご馳走くらいしなさいよ!せっかくお茶菓子もあるんだし・・・」

ディアッカに貰った紙袋を突き出してミリアリアは呟いた。

「え・・それ・・・ここで食べちゃうの?」

「こんな目立つ紙袋なんか持って帰れないわよっ。ほらあんたにも食べさせてあげるから早くお茶の支度をしてよ!」

それを聞いたディアッカは弾んだ声で、

「はいはい。お嬢サマのご命令とあらば」

そう答えてベッドから立ち上がると、手早くお茶の用意をし始めた。

「早くするのよっ」

「はいはい・・・」

チラッと盗み見たミリアリアの顔は・・・なんとこちらもりんごのように真っ赤なほっぺ。

(ククク・・・)

ディアッカはちゃんと解っている。
ひとりだけ良い思いをしようなどとは決して思わないのがのがミリアリア。
素直になれない意地っ張りだから・・・つい語尾を強めてしまうけれど・・・本当はきっと誰よりも優しくて、健気なのがミリアリア。
だから紙袋の中のおやつだってここで開けてしまうだろうことはディアッカの予想通り。

「ミリアリア。りんごはオレが剥いてやるよ。ほら、こっちに貸して」

ディアッカはさり気なくナイフをミリアリアから遠ざける。
医務室でのあの事件を連想させないようにとの彼の配慮。

そんなディアッカの思惑は正確にミリアリアに伝わった。

知っている。こんな時のディアッカはいつだって優しい。



「ありがとう・・・時計も・・・」



それは小さな声で・・・でもきっとやっとの思いでミリアリアがディアッカに告げた言葉。

こんなにはにかんだ可愛い彼女の顔が見られるならば、バイトだってなんのその。

「ああ・・・」

これも嬉しそうなディアッカの返事。





いにしえのアダムとイブはリンゴを食べて・・・そして知恵を授かった。

ミリアリアはリンゴに込められたディアッカの愛情を・・・そして想いの深さを受け止める。









          **********









───さてさてこちらはエターナル。


「ねえ、ラクス。今日ディアッカに何を頼んでいたの?」

ラクスの私室でキラが尋ねた。

「ええ・・・ピンクちゃんが壊れてしまいましたので、ディアッカに直してもらえないかお願いしたのですわ・・・」

ピンクちゃんと名づけられたラクスのお友達のペットロボット、ハロは、まだアスラン・ザラが彼女の婚約者だった頃に彼女にプレゼントしてくれたものだ。

「だったらアスランでも・・・僕でも言ってくれれば直したのに・・」

キラは内心面白くない。ロボットを修理するくらいは自分にだって出来るのだから。

「そうですわね、キラ」

「じゃあどうしてディアッカに頼んだりしたの?」

「訳を知りたいですか?」

「うん・・・」

どうやらラクスがディアッカにピンクちゃんの修理を頼んだのには理由とやらがあるらしい。

「ディアッカはミリアリアさんに・・・腕時計をプレゼントしたいとおっしゃいましたの。でも自分には自由になるお金もないと・・・ならば、私のピンクちゃんの修理とほかの子のケアをお願い出来ませんかって。その報酬として腕時計をお渡ししましたのよ」

「ミリィに時計・・・?」

「ええ。ミリアリアさんがもっと自由時間を有効に使えるように・・・その為に時計が欲しいとおっしゃいましたわ」

「そうなんだ・・・」

クスクスとキラは笑みを誘われた。
あの飄々と軽く一見軽薄そうな態度しか見せないディアッカがミリアリアに時計をプレゼントするためにバイトをする・・・。
本気で恋する男の一念。なんとも微笑ましいかぎりだとキラは感心してしまう。

「さあ・・・ピンクちゃん。もう大丈夫ですからわたくしと遊びましょうね」

早速ラクスが直ったばかりのピンクちゃんに話しかける。

と、突然その声にピンクのハロが反応を示した。

『カワイイカワイイミリアリア~♪』

「ピンクちゃん?」

『イチバンカワイイミリアリア~!ハロハロ~?』

「ど・・・どうしたのですか?ピンクちゃん!」

『ラクスモカワイイケレドサア~!ヤッパミリアリアガイチバンサ』

「ピンクちゃん・・・もう一度言ってごらんなさい!」

『ミリアリア~!ラブリー』

「わたくしは・・・ラクス・クラインですわピンクちゃん・・・!」

『ラクスもイイケドミリアリアガサイコウ~!』

「わたくしは1番ではないのですか?!」

『ミトメタクナ~イ!』









「・・・・・・・・・・・・」









───そしてその時、ラクスの形よい眉がピクリと動いた事を・・・キラは見逃さなかった・・・。














 (2005.12.4)(2006.1. 4 改稿) 空

 ※  寄稿する予定だったお話です。
     初めはジャンク屋シリーズの第1話として書いたのですが、『クサナギの格納庫にて』と『バスターのコクピットにて』
     の続編になるように編集、改稿をいたしました。
     珍しく黒さの少ないディアッカですが、その分ラクス様に黒くなってもらいました(笑)