AAの食堂にて・・・
「なあ・・・ミリアリア。まだクッキーって焼けないの?そろそろ良いにおいしてきたんじゃない?」
「ゴチャゴチャうるさいわねぇ・・・そんなデカい男にうろつかれたらみんなの邪魔になるだけよっ」
「え〜!だって久しぶりに再会した恋人同士じゃない?もっと優しくしてくれたっていいと思うよ?オレは」
「誰が恋人だっていうのよっ!あんたなんてと〜っくの昔に振っちゃったんだから馴れ馴れしくしないでよねっ」
「・・・オレは振られた憶えなんかないんだけれど?まったく素直じゃないよなおまえ」
「とにかく邪魔だからあっち行ってて・・・ってちょっと聞いてるのディアッカっ」
「邪魔って・・・ここオレたち以外誰もいないじゃん!来る奴の方がジャマと違うの?」
「邪魔って言ったら邪魔なのよっ」
「はいはい・・・いとしのあ・な・た・さ・ま」
───相変わらずのディアッカとミリアリアである。
何はともあれ戦いは終わった。
戦後処理すべき問題は山のように残っているが、それでもこのひと時の平和に万歳!
戦争が終わってようやく再会を果たしたディアッカとミリアリアだというのに、
相変わらず『振った!』もしくは『振られていない!』でもめているふたり。
ここAAでは本日、クルーとそれに組したZAFTの代表格との会議を兼ねたお茶会が開かれることになっている。
招待されているのは前の大戦からの古馴染み。つまりは彼ら。
イザーク・ジュールとその配下、そしてディアッカ・エルスマン。
お茶会というからには当然必要なのがお茶菓子だが、これはディアッカの希望でミリアリアの手づくりクッキーと相成った。
クッキーなんて買って来ればいいじゃない!と、ミリアリアは抗議したのだが、ゴチャゴチャうるさいボケ男いわく。
「え〜っ!お茶っていったら手づくりクッキーってお約束じゃん!艦長はあのおっさん・・・なあ、生きてたんだって?ゴキブリ以上の生命力にビックリしたけどさぁ・・・。とにかくイチャついてとても焼いてくれそうにないし、オーブの姫さんは食べる方専門だろ?え?ザフトにも女がいるだろうって?あのメイリンって娘かわいいけれどヘタレのアスランに振り回されて疲れきっているし、ね〜ちゃんのルナは・・・はっきり言って無理。シホは上手なんだけどこんなことさせたらイザークの奴が黙っちゃいないしなぁ〜!だからおまえが焼いて?」
・・・と、まあなんともムチャクチャな理由からミリアリアはお茶菓子のクッキーを焼く羽目になったというわけなのだ。
それにしてもディアッカがうるさい!
ミリアリアは食堂のキッチンで必死になってクッキーを作っているというのにディアッカときたら愛想を振りまく子犬よろしく片時も彼女から離れようとしない。
やがて食堂はクッキーの焼ける甘いにおいでいっぱいになった。
「あ、ディアッカ、今何時になる?」
オーブンの火加減を見ながらミリアリアはディアッカに尋ねると、ひと言。
「ん〜?5時45分〜」という返事が返ってきた。それも実に楽しそうな声で。
それを聞いたミリアリアは一瞬沈黙した後、慌ててディアッカに捲くし立てる。
「・・・ってちょっと!なんでそれを早く言わないのよっ!開始時刻まで15分しかないじゃない!」
「だからさっきから言ってるじゃん!まだクッキー焼けないのかってさ?」
「あんたがあれこれ邪魔するから遅くなったんじゃないのっ!どうしよう!10分前にはキラたちの所に行くって伝えたのに!」
「はいはい!小言はのちほどお伺いしましょ?お茶の方は準備出来ているんだろ?」
「クッキーを持って行ったらOKだわ・・・」
「焼き上がりまであとどれくらいかかる?」
「もう2〜3分で焼きあがるわ・・・」
「じゃあオレが持って行ってやるから、おまえは早くキラたちの所に行って準備を手伝ってこいよ」
「悪いわね・・・」
「い〜え!いとしのアナタさまのお願いならこの場でプロポーズだってしちゃうよオレは?」
「・・・それは必要ないからクッキーちゃんと運んでおいてよね・・・」
「りょ〜かい!」
「・・・・・・」
今にも痛くなりそうな頭を抱えてミリアリアは食堂を後にした。
**********
───AAのホールでは和やかな雰囲気に包まれたお茶会が始まっていた。
(よかった・・・!ディアッカはちゃんとセッティングしてくれたのね)
ミリアリアはテ−ブルに並べられたクッキーを見つめ、時間に間に合ったことに安堵した。
「今日のクッキーはミリアリアさんのお手製なんですって?」
マリューとネオ改めムウが嬉しそうにミリアリアの側にやってきた。
「ふうん・・・お嬢ちゃんも女らしくなったねえ〜!いい焼き上がりじゃない?このクッキー」
「少佐・・・っと、大佐もすっかり元気になってよかったです。今度こそ艦長を大切にして下さいね」
そんなミリアリアからの言葉にムウとマリューは優しく笑った。
「ところでお嬢ちゃんの方はどうなの?あのエロガキと付き合っていたんだって?」
ムウはニヤリとミリアリアを見る。
「速攻で振りました!ハッキリ言って今はあかの他人ですっ!」
もう言い厭きた言葉である。あんな奴のことなんて・・・とミリアリアは思う。
「でもさぁ、あのエロガキがお嬢ちゃんに振られたって納得してると思う?」
「あいつの都合なんて知りません!」
(あらあら・・・)
ミリアリアがあまりにもムキになるのを見て、ムウとマリューは苦笑する。
「ミリィ!こっちだよ」
キラが手を挙げて呼んでいる。
見れば横にはラクス、イザークと、シホ、アスランやカガリの姿もあった。
「お疲れ様!今日のクッキーってミリィのお手製なんだって?」
屈託のないキラの笑顔がある。そしてラクスも「美味しいですわ・・・」と笑いかける。
「腕を上げたなあ〜!ミリアリア!洋菓子屋のものと変わらないよ!なあ、アスラン」
カガリの声にアスランも頷く。
「ああ・・・これじゃディアッカがねだるわけだよ」
(・・・!)
その言葉にミリアリアはギロリとアスランを睨みつける。
その視線の鋭さにアスランは、しまった!とばかりに口元を押さえた。
まったく・・・!この男には学習能力というものがないのか!っとミリアリアは顔を顰める。
「話中のところすまないが・・・ちょっといいかミリアリア」
「え・・・?どうしたんですか?イザークさん」
見ればイザークとシホがクッキーを見つめてなにやら物議をかもしている。
「さっきからディアッカの・・・奴の姿が見えないんだが、おまえは居所を知っているのか?」
「・・・?いいえ・・・」
「それと・・・このクッキー本当におまえが焼いたものか?」
困惑するイザークの隣でシホがふたりの顔を心配気に見比べている。
そう言われてミリアリアはクッキーを注視する。そして。
「これ・・・私が焼いたクッキーじゃないわ!」
ひと口食べてミリアリアは更に、「味も違う・・・!」と眼を見開いた。
「やっぱり・・・」
シホは大きな溜息をついた。
(どういうことなのよっ・・・!)
ミリアリアは周囲の視線を外すと慌しくホールからとび出した。
───さて・・・ここはAAの食堂である。
勝手知ったる戸棚からブランデーを取り出してディアッカは紅茶にそれを注いだ。
紅茶とブランデーの芳香がさして広くない食堂を満たす。
(相変わらずヘタクソなんだよな・・・)
大きな皿に乗っているのはまだ温かさの残るクッキー。
(ま、しょうがないか。カメラマンなんてやってるんだから・・・)
サクッとした食感と共に、ほんのり甘い味が口内に広がる。
「ディアッカっ!」
血相を変えたミリアリアがやってきた。
「・・・遅かったんじゃない?ま、こっちに来いよ・・・」
隣の席に着くようミリアリアに促すと、ディアッカはカップに紅茶を注いだ。見れば見事な手さばきである。
「どういうことなのっ!あのクッキーは私が焼いたものじゃないわ!」
「・・・そうだね」
「私が焼いたやつはどうしたのよっ」
そう言ってミリアリアは眼の前に置かれているクッキーの山を凝視する。
「まさかと思うけれど・・・もしかして」
「そう。これだよ」
あっけらかんとしたディアッカの答えにミリアリアは全身の力が抜けるような感覚を覚えた。
「おまえが焼いたクッキーだぜ?あのオメデタイ連中になんかこれっつぽちもやれるかってんだよ」
「じゃあ・・・あそこにあったクッキーっていったい誰が焼いたものなの・・・?」
嫌な予感がする。イザークとシホが困惑したのだ。きっと彼らの身近な者が焼いたに違いない。まさか・・・。
「ん〜!そうね、あれはオレが焼いたやつ。どう?美味しかったでしょ?」
クククと口元を上げてディアッカは笑った。
その言葉に今度こそミリアリアは力が抜けた。
なぜなら・・・キラやカガリが言っていたではないか。
『美味しい』と!『腕を上げた』と!そして『洋菓子屋のものと変わらない』と・・・!
つまりはディアッカが焼いたものの方がずっと美味しいということなのだ。
「あんた・・・こんなに上手なのになんで私にクッキー焼けって言ったのよ・・・」
ちょっと拗ねた寂しそうな顔するミリアリアにディアッカは微笑む。
「ずっと食べたかったんだ・・・。ほら、おまえあの頃よくここで焼いてくれたじゃん?ブツブツ文句言いながらもさ・・・」
もう2年以上前、ここAAの食堂でミリアリアはよくクッキーを焼いていた。
ヤセの大食いだったディアッカがおやつ欲しさにちょっかいを出すので保存の効くクッキーを焼いては彼に渡していたのだ。
「パサパサだし、粉っぽくて・・・もう最悪なんだけれどね」
懐かしそうにクッキー眺めながらディアッカは話を続ける。
「でもさ・・・あれはおまえがオレのためだけに焼いてくれたものだったんだよな・・・。だってキラやサイ、AAのクルーには誰も焼いてなかっただろ?」
「あたりまえよ。あんな出来の悪いものなんてキラたちにはあげられないわ・・・」
「ひでぇなぁ・・・おまえ。でも忙しい時間の合間に必死で焼いてくれたから・・・嬉しかったよオレは」
「ディアッカ・・・」
「いつかまた・・・おまえに会えたら絶対焼いてもらおうって・・・ずっと思ってた。だからこのクッキーは誰にもやれない。全部・・・カケラまでオレのものさ!」
───そしてね・・・。
おまえのすべて・・・それも当然オレだけのもの・・・!
隣に座るミリアリアを抱き寄せてその耳元でそっと囁く。
(・・・なあ・・・この続きはどこでする・・・?)
「私はあんたのことなんかと〜っくの昔に振っちゃったのっ!」
「おまえの都合なんか知らない。第一オレはフラレた憶えなんてないし?」
「ディアッカっ」
「思い出して・・・あの頃のこと。ガキだったけどさ?でも本気だった」
「だから・・・もういちどここから始めない?」
だんだん強くなるディアッカの腕の力に捕らわれミリアリアも瞳を閉じた。
(・・・アイシテル)
耳元を掠める甘い声・・・。
───ということだから・・・この続きはおまえの部屋でいいよな?
ディアッカのバカっ!